あなたの役割、役割のあなた

違い

何の話か分かりますか????あなたの中の役割、、、役割の中のあなた、、、二種類が存在します。あなたの中のお父さん、お父さんの中のあなた。あなたの中の社員、社員の中のあなた、、、あなたの中の社会人、社会人の中のあなた、、、、、この違いは分かりますか?????多くの場合、、、お母さんであるあなた、、、が存在し、あなたの世界の中のお母さんではなくなっています。ですが真実では、、全てあなたの中に世界があって世界の中に「お母さん」という役割が存在します。

勘違い

いつの間にか、、気を抜くと、、、、あなたの中の世界、、、に存在する「お母さん」の中に、、、あなたは「どっぷり」入り込みます。あなたは急激に急激に小さな存在に生まれ変わるのです。本当はあなたの中に世界が存在しません。右を見てください、今右を見てください。。。あなたが右をみれば「右の世界」が「ドーン」と創造されます。あなたが創造主だからです。だからあなたは「お母さん」では断じてありません。あなたの中にお母さんが存在します。しかも一瞬。お子さんから声をかけられた時、あなたの中のお母さんが反応します。「なーに???」と。

アイデンティティから解放させる

私は母親であり、会社員であり、長女であり、友人の中では「リーダー」でもある。。。。。はいあなたはそれらの役割の中に今「どっぷり」入り込みました。違うんです。あなたの世界に、、母親、会社員、長女、リーダーが存在します。それぞれが現れては消えていくのです。幻想だから消えては現れれるのです。幻想だからです。あなたは絶対に消えません。現れては消えるのは役割の方です。そのことが「バチコーン」と分かってきますと、、、世界が変わります。一瞬で。

蛇と紐

例え話

覚者の本に頻繁に出てくる例えです。紐を蛇を間違えてびっくり仰天しているのが我々です。しかし明晰に眺めてみれば「紐」だったのです。その瞬間「恐怖心」が消えます。今見えている世界においてあなたが「恐怖心」を持っているならば「紐を蛇」と見ているのです。「紐を蛇」とする固定観念を所有しています。その固定観念を嘘と見破った時「蛇が紐」に変わります。あるがままとは蛇を紐と気づくことです。その時、、紐は愛と調和の中で存在します。

では、、、、

どうしたら蛇を紐と見抜けるようになるのですか????それは真実のメッセージに触れる以外にありません。ハタヨーガは体から真実を触れます。呼吸法から、、瞑想から、、、、ジニャーナヨーガは言葉で真実を伝えます。私はこのブログではジニャーナヨーガ、、言葉で真実をお伝えします。真実に気づいたとき「勘違いの記憶」は音を立てて消えていきます。その時、五感は勘違いの記憶(カルマ)の影響を受けずに、、、あるがままになるのです。記憶による五感の乗っ取りが終焉を迎えるのです。記憶=マトリックスの世界が終わります。

生きることを知らない

死ぬことを恐れる

死ぬことを恐れる理由は「生きることを」知らないからです。生きるという真の意味を知らないから死を恐れます。死を恐れるから「やらなくてはならない」ことが徐々に徐々に増えていき、、小学生高学年の頃には、、、、キャリアエリートよりも勉強に興じるようになるのです。つまり10歳で既に「死の恐れ」からの活動にガッツリ浸るのです。全ては「生きることを知らないから」です。

ですが

悟りが閉じ切った瞬間です。死ぬのがとにかく怖い、、、、だから死なないために何をするか????が原点となって人生戦略を考えるのです。小学五年生から「戦略的」に生きるというステージに入ります。人生がここから「戦い」になります。ですがここで空気を読まずに言ってしまいます。あなた達は「生きてさえない」と。空気を読まずに断言しちゃいます、だって生まれてきてもないからです。この体は物質と呼ばれる幻想として生まれてきました。幻想とは実在しないということです。そしてこの体が幻想に過ぎないにも関わらず「生きている」という実感は100%存在するのです。

????????

意味不明ですよね?????体は幻想なんです、私という思考も100%幻想なんです。にも関わらず「生きている」という実感が100%存在するのです。??????????でもこれが事実です。「私は在る」「生きている」という感覚こそが我々の正体です。その中に幻想の体、私という思考が生まれます。それだけが真実です。私たちの正体は「生きている」という実感のことです。「私は在る」という実感のことです。だから私は一度たりとも生まれてきたことはありません。だから死ねないのです。

あの人は悟っている

日常会話

普段の会話の中で「あの人は悟っている」という言葉が生まれるのはどういう時でしょうか????あの人は別次元、あの人はもはや悟ってる。。。。。これ通常では絶対にできないことを「軽々」とやってしまう人のことです。10年のキャリアを一瞬で捨ててしまう。東大教授になれるような名誉を一瞬で捨ててしまう。旦那の浮気が分かって一瞬で「別れる」。。。。です。何の共通点があるのか?????普通であれば絶対に手放せない「モノ」を簡単に手放せてしまう人を「悟っている」と言うのです。

なぜ???????

なぜあの人は簡単に「捨てれる」のでしょうか????なぜですか?????ただの自暴自棄では????違うんです。その人にとって「その名誉」と日常生活が全くの同価値なのです。全くです。東大名誉教授のポジションと地域の自治会長の価値が同じなのです。東大名誉教授の価値と、、、妻の付き添いが同価値なのです。なぜ????なぜ同価値なのか?????なぜならば真実では「同価値」だからです。全て私が生み出した作品です。全てです。そのことが分かってしまうと「捨てる」が簡単過ぎるほどに簡単になります。

苦しみすらも完璧

事実

真実の視点からお伝えすれば、、苦しみも完璧です。苦しみとは「記憶」が作り出すエンタメです。苦しみを生み出すには「記憶」が必要であり、、、記憶が「私と世界のストーリー」という思考を生み出す時、同時に苦しみが生まれます。記憶なくして両方が誕生しないのです。苦しみは「記憶」が生み出すアートです。だからそれすらも完璧なのです。森羅万象の動きの中でその動きが奇跡的に起こった時「苦しみ」が起こるのです。

ですが

ですが苦しみのメカニズムが完全完璧に理解できた時「意識」がそのメカニズムを捉えます。真実では何が起こっているかに目覚めると記憶の嘘にも気づくようになるのです。五感が嘘の記憶に取り込まれなくなった時、同時に苦しみも消えていくのです。そしてなぜ今まで苦しかったのだろうか???という疑問すら起こります。なんであんなに苦しかったのか????です。

真実

真実は嘘の記憶を燃やしていきます。真実は嘘の記憶『カルマ』を燃やしていきます。真実は嘘の記憶「原罪」を燃やしていきます。真実は嘘の記憶「自縄自縛」を燃やしていきます。真実が嘘の記憶を根絶やしにしたとき「解放」です。真実は逃げも隠れもしません。真実から逃げるのはいつだって「嘘の記憶」の方です。そこに気づいてください。そこに気づけば向かう場所は一つです。

パニック

実は

実は我々はパニックの中に居ます。「私とは誰か???」という疑問が根底にあってそこからパニックを起こしているのです。無自覚に確実にパニックを起こしています。全ての疑問が消え去った時「そうか、パニックに居たんだ」という気づきが起こります。全ての疑問が消えますと「何かをしなくては!!!」が衝動が消えていることにびっくりします。かつてのあの「衝動」は実はパニックが起こしていたんだ、、となるのです。

自分を証明しなくては!!!!

実を言えば我々は自分が誰なのか本当のところ分かっていないわけです。自分をとりあえずやっておきながら、、実は困っているのです。このとりあえずの自分は本当のところ誰なんだ????という疑問です。だからなんとしても自分を証明しなくてはならない!!!!!という衝動こそがSNSや地位、名誉、世間体となっているのです。本当は自分が誰か分かっていないから怖いわけです。周囲から認めてもらえないと怖くて仕方がないのです。

分かってしまうと

認めてもらわなくては!!!という衝動が消えます。何一つ誰かからこの個人を証明などしてもらわなくていいのです。何一つ誰かから評価されなくてもいいのです。なぜ????だってその周囲の評価は「自分の中で行われている」のですから。そんな喜劇を生み出す必要すらないのです。ただ矛盾するようですがそうなればなるほどに周囲の評価は上がります。皮算用のない行動こそが評価されます。

犬猿の仲

犬と猿

完全完璧に相性が悪い、犬と猿、、、彼らを同じ部屋に入れた瞬間、、、犬は吠え続け、、、猿はちょっかいを出します。犬が吠えるから猿はちょっかいを出し、、、ちょっかいを出されることで犬は吠えます。これが永遠に続くことから「犬猿の仲」という言葉が生まれたのです。で、、、、これって実は人間とかなり関係があります。目覚め、覚醒とかなり似ているんです。。。。犬猿の仲が生まれる理由は双方が双方を理解していない、、、これだけです。分かっていないわけです。

思考

では答えを言いましょう。人間は「思考」を分かっていないのです。こんなに日々いつもいつも付き合っていながら分かっていないのです。だから人間は思考によって常に常に常に苦しむのです。一方思考は、、、当然人間のことを分かりません。ですから悟りとは「思考=犬」に気づくことです。「思考=犬」の性質に気づくだけです。気づけば、、、もう問題は起こりません。

では

思考とは何か????思考とは「記憶」から自動で飛び出るモノです。思考の主人は「記憶」です。記憶なくして思考は全く湧きません。記憶が思考を自動でポンポンポンポンポンポン生み出します。ただそれだけです。この自動で記憶から湧き出る思考を、、、「自分でやっている」という思考が起こり、、、それを自分であるという思考も起こり、、、、これが続きます。このことを知らないから「記憶」から自動で湧く思考に一日中振り回されているのです。

真実を知ってしまえば

思考とは勝手に勝手に動き回る「犬」と同じです。コントロール不能、、です。これをコントロールできるはずだ、、、という思考が起こり、、、、エンドレスループになっています。だから思考が湧いたら放っておけばいいのです。放っておく、、、ああ、、いまそんな思考が湧いたなー、、、、と放っておくのです。これが「思考=犬」の扱いです。この扱いが起こった時「思考=犬」は自然に自然に大人しくなります。犬の扱いを知らない猿が犬の扱いを覚えた瞬間「争い」が消えます。これです。これだけです。

どの世界を救う???

この世界

この混沌としたこの世界を私は救いたいのです。どうかその方法を教えてください。。。。その混沌とした世界は残念ながら最初から救われています。税金問題、給料問題、年金問題、、この混沌とした世界は最初から救われています。なぜ????だってその世界は最初からあなたの中に存在するのですから。あなたはその混沌とした世界を生み出しておいて今何も問題なく生きているではないですか!!!!この体の私にはもしかしたら沢山の問題が降りかかっているかもしれない、、、、ですが生み出したあなたには何一つ被害が及ぶことはないのです。だから何も問題などないのです。

ここ

トランプが大暴走、、日本経済が混迷を極めようとも、、、、あなたがその世界を生み出した以上、、それがあなたを直撃することは事実として不可能なのです。この体は直撃を受けるかもしれない、、、ですが、、、事実では全く何も直撃を受けることができません。生み出した存在が生み出された現象から被害を受けること自体が不可能なのです。生み出された体の私は現象の中で影響を受けるでしょう。それは当然です。ですが生み出した存在「私は在る」は絶対に何も揺るぎもしません。

でも

でも事実としてこの体が半端ない影響を受けるのならば、、それは深刻ですよね????いいえ。。。。。全く、、、、なぜならばこの体が影響を受けようとも、、、勘違いの思考が起こらない限り、、苦しむことができないからです。私が被害を受けた、、、という勘違いが起こらなくしてどうやって苦しめるのでしょうか???苦しみとはこの幻想の体を私とした思考が起こったとき「だけ」起こるのです。この世界を生み出した存在「私は在る」「意識」こそが真の私だと気づいた後にもう苦しくなることは不可能です。勘違いの思考なくして苦しみはあり得ないのです。ただ記憶からそれでも勘違いの思考が現れます。ですが既にそのことに気づいています。

賢者が現れる時

偽りの世界

覚者と呼ばれる存在は一般社会人の世界には登場しません。それは真理を探究し気づきを連発していく中で徐々に徐々にカルマ(勘違い)が消えていき、、、勘違いの世界が燃えていき、、、綺麗になった時に「現れ」ます。昨日まで映画に明け暮れていた人がある日突然「ラマナマハルシ」に関心を持つことは難しいのです。まだその世界にはマハルシは登場しないでしょう。真実に目覚めていく過程で彼らは突如現れ、、メッセージをくれます。

勘違いが生み出す世界

あなたが今見ている世界は残念ながら勘違いの記憶が編集した世界です。勘違いが多ければ多いほどに勘違いの記憶が見せる「世界」が立ち現れます。その世界を「現実」と信じて生きるという更なる勘違い(カルマ)が起こるのです。カルマとは「勘違いの記憶」でありそのままそれはこの世界です。カルマ=世界です。ですからその世界で覚者に触れることは貴重なのです。ですがその覚者も所詮は幻想であり「あなた」を超える存在では断じてないのです。

カルマを燃やす

覚者のメッセージが響かない、覚者のメッセージが腑に落ちないのならば、、、浄化が必要です。その浄化とは体と心です。だから拒絶に落胆するのではなくただ触れるのです。ハタヨーガをやったり、真実のメッセージに触れたりしながら、、カルマを浄化していきます。カルマが生み出す世界ではまだこの行動自体が嫌われるかもしれません。ですがそれこそが固定観念(カルマ)が生み出していると気づけば、、何も問題がないことに気づきます。

世界は意識に依存しているのだ

マハラジ

これもマハラジの言葉です。世界は意識に依存しているのだ、、、意識が世界に依存しているのではありません。世界こそが意識に依存しているのです。なぜ世界を恐れる必要があるのでしょうか???なぜこの意識こそが生み出した世界を怖がる必要があるのでしょうか?????冗談は辞めてください。世界はこの意識がなかったら何一つ存在できないのです。一瞬たりとも存在できないこの世界、思考、私、あなた、彼、、社会問題、経済問題をなぜ恐れるのでしょうか????ギャグです。

その真実に目覚めると

その真実に目覚めた時何が起こるのでしょうか???何が?????それは記憶の解体です。勘違いの記憶が解体していきます。勘違いの記憶があなたの知らない所で確実に着実に解体していくのです。これが覚醒です。記憶が生み出すこのマトリックスの世界が徐々に徐々に溶けていくのです。それにあなたは気づきません、ですが確実に確実に記憶のデータが削除されていくのです。

ニュースを観ても、、、、

ネットニュースを観ても、、、、意識に依存したニュースがここに出現します。ニュースに意識が出会ったのではありません。意識に依存したニュースが、、ここに出現したのです。「あ、どうも」となります。私の固定観念から、、ニュースが「ボコッと」飛び出たのです。なるほど、、俺はこういうことを信じてるんだ!!!!という気づきです。固定観念との出会いです。もう世界に怯える私は存在しません。世界が私に怯えているのです。意識が起こってくれなかったら何も出現できないのですから。