大嫌いな人間

出会ったら

大嫌いな人間が目の前に存在するとしましょう。しかも会社の上司とします。毎日、毎日会います。どうします????自由意志はないのだからと諦めれますか?????では答えを言います。その上司は存在しません。。。その上司は100%存在は存在しないのです。実在はしません。そう見えるという知覚のみが起こっています。???????だからなんですか、、、だからって知覚は続くのだからそのアドバイス何の意味もなくないですか????

ある

ではその事実を受け入れる最大のメリットをお伝えします。そのメリットとは100パーセントその人が存在しないという事実に帰るとき、同時にあなたはこの夢の創造主に戻れるのです。その上司が存在しないという事実を思い出す時、あなたは同時に創造主に戻ります。すると創造主の波動がこの夢に注ぎ込み、、変化が起こってしまうのです。その上司が半端なく無礼でいいのです、半端なく無礼であろうとも、、、実在しないという事実に戻ります。すると、、、創造主の波動がそこに流れ出し、、何かが変わるのです。

そして

創造主の波動がこの世界に流れ込んだ時、、、その上司の元で働こうが、、違う場所に行こうがどちらでも大丈夫、、という安心の状態に入ります。あなたは大手を振って選択をしてください。好きな道に進めばいいのです。大切なことは苦手な上司を通じて、、実在しないという事実に戻るトレーニングをすることです。何度も何度もそのトレーニングを重ねることで創造主に戻る癖をつけます。

何でもしていいが何も後悔しなくていい

無双

あなたを今この瞬間から無双状態にしましょう。完全完璧に無双状態に導きます。では行きます。「あなたは何でもやっていいですが、一つも後悔はしなくて大丈夫です」これです。究極の無責任男の誕生です。ですがこれが事実です。なぜならば自由意志は構造上不可能だからです。なぜ????ここにプールが存在します。このプールにはH2Oの水のみ、純度100%です。この状態で、、、、自由意志をプールの中で起こせますか???

不可能

絶対的に不可能です。水しかないのですから。この水の中で周囲とは一切関係のない動き、つまり水の影響を受けない動きをどう起こしますか????不可能です。プール内の水は、、、ただ連鎖の動きのみです。単独個別の水の動きを生み出すことは不可能です。なぜ????逆にどうやったら出来るのですか????このプールに個別の動きを生み出すならば「バケツ」を外から持ってきてかき混ぜる以外にないのです。そうです。それを「自我」というわけです。だったらそのバケツをここに提出してみてください。自我というバケツ、、この物理空間とは全く異なった存在をここに出してください。

ない

そんなものは存在しないのです。全て「意識と意志」でこのプールは満たされているのですから。だから自由意志は不可能です。「意識と意志」自体の動き以外が不可能です。つまり水の動きは連鎖の動きでしかありません。勝手に何かが起こり勝手に何かが消えています。今現在も視界の中に何かが生まれ何かが消えます。それ以外の動きがないのです。全てはプールの水の動きです。

では

私は誰ですか????私とはこのプールの中の水の動きを観察する観察者でしかありません。ずっとそうだったのです、水の動きとして「私」が現れ、水の動きとして自由意志という勘違いが現れ、水の動きとしてマイストーリーが現れて居ました。ですが全て水の動きです。そして本当の私は何一つアクションなど起こさずにただこれを観察していたのです。

人間意識、神意識

どっち????

我々はこの世界に後から生まれた人間だと教わってきました。だから我々はこの世界に適応しなくちゃいけない存在だと信じてきました。これが人間意識です。過去から継承された世界に適応しなくちゃいけない存在という話です。これを継続させるのが人間意識です。だから我々は「記憶」を頼りに記憶を信用して人間をやってきたのです。だから今起こる五感は全て記憶に預け、、、ストーリーを生きるのです。

ですが

ある日、、ん?????本当かいな。。。。。本当はこの世界って夢じゃね?????という気づきが起こります。脈々と受け継がれてきた世界があるんじゃなくて今「創造主」がこの夢をこの瞬間に作ってんじゃね???という気づきが起こるのです。世界の中に我々が生まれたんじゃなくて創造主がこの瞬間に世界と私を産んだんじゃね??という疑問が起こるのです。これが神意識です。創造主意識と言っても良いでしょう。

それが本当ならば

それが本当ならば、、、、人間意識活動時の記憶は全て嘘、、、、となります。広大な宇宙があって私が存在するという前提のストーリーは全部嘘です。そうなります。え??????今更。。。。。ここからは神意識のスタートです。神が神によって夢を創造し、、夢を見ることが始まります。記憶がリセットされ真の神の「在る」がスタートします。行為者から観照者へのシフトです。

観照者

神としてこの夢を「ドーン」と眺めれば、、、、この世界は愛と調和でしかないことに気づきます。ですが何かトラブルがあると即座に人間意識に。。。。。その瞬間ここは嵐になるのです。再び神に戻る、、、何度も何度も何度も神に戻ります。すると、、、そこに安定して座れるようになります。何度も何度も何度も座り直すのです。何度も何度も何度も観照者に戻りますと世界が愛と調和で満ちて行きます。

キャバクラ

記憶喪失

あなたがキャバクラが大好きだとします。毎日毎日キャバクラに行きます。あの日記憶喪失に、、、、、でも友人はそんなことに気づかずにあなたをキャバクラに連れて行きます。「楽しめると思います????」不可能なことが分かりますよね?????女性がガンガン持ち上げても、ガンガン褒めちぎっても、、、、嬉しくない。。。。なぜか分かってます?????俺は過去には全然モテていなかった、、でも今は仕事で成功してこうやって女の子をはべらかし、、、、、で高揚感が起こっていたのです。。。。記憶がなかったら、、、嬉しくもなんともない。。。

つまり

ありとあらゆる快楽は「記憶」が生み出しているのです。仕事中はストレス半端ない、、、その結果キャバクラ通い、、、でもそのアップダウンは「記憶」が生み出しています。我々がマトリックスの世界に住むというのは「記憶」の中に閉じ込められている、、ということです。記憶=思考が全ての五感を瞬時に取り込み、、、、過去の延長での経験に落とし込み、、更なる記憶を増やします。経験される「今」が全て記憶のストックに書き換えられていくのです。

マトリックスの世界から出る

記憶が全ての五感を取り込んで行きます。記憶が全ての知覚を取り込んで行きます。こうやって我々は記憶上の経験が全て、、、、という勘違いの世界に入り込みます。意識が記憶の中を彷徨います。意識が記憶の中に閉じ込められた状態です。で??????どうすればいい????どうすれば記憶からこの意識は抜け出れる??????簡単です。記憶の手口を見抜いた意識はもう記憶の中には居ないのです。

快楽と苦痛

所詮は記憶の中

あなたが記憶喪失になったならば「苦しむことも快楽も」受けることができなくなります。つまり苦しみも快楽も全部記憶の中での出来事なのです。もっと正確に伝えれば苦痛も快楽も記憶が生み出すのです。ですからそれらは共に「苦痛」という檻の中の出来事です。記憶が消えてしまって受けることが出来ない快楽は所詮は記憶、思考の産物なのです。そして快楽に溺れるということが起こる理由は快楽は溺れるほど飲んでも満たされないからです。

記憶から出る

記憶の中での苦労や快楽の中にいる内は「苦しみ」から逃げることが出来ません。苦しみ、快楽を行ったりきたりするのは意識が外に向いている証拠です。真の調和、愛は、、、記憶の中には存在しません。記憶を超えたところにしかそれは存在しないのです。では一緒に今から記憶を超えましょう。記憶の檻から出ちゃいましょう!!!目の前で起こる五感の全ては瞬時に「記憶」に取り込まれ「私の体験」に変換されます。ここを見抜きます。

目の前で

富士山の壮大な景色が今ここに起こっても、、瞬時に「富士山」という記憶の中に取り込まれ、、「日本一の山、世界遺産、ゴミが多い、観光客多い」富士山がここにある、、、という経験に書き換えられます。「これ」が記憶の中での経験に書き変わっています。これが悪いのではありません。それが起こることで過去の産物に生まれ変わっているのです。

このことが分かると

記憶を通じて見ることを見抜きます。五感が全て記憶に取り込まれ記憶を見させられていることに気づきます。こうやってマイストーリーが生まれるその瞬間に気づくのです。それに気づくのは誰か?????意識です。意識が「記憶が五感を取り込む瞬間」に気づくのです。意識が「記憶」の手口に気づき、、、「記憶」の中からボコッと抜け出した瞬間です。記憶から解放された意識は、、もう記憶の奴隷ではありません。

記憶の手口を見抜いた意識

記憶の手口を見抜いた意識はもう記憶の奴隷ではありません。記憶を意識が超えたのです。記憶から解放された意識は調和そのものです。記憶から解放された意志は愛そのものです。この状態に入ったとき、もう快楽は必要ありません。快楽をなぜか求めなくなります。記憶の中での活動に関心が行かなくなるのです。なぜならば意識、意志そのままで調和、愛だからです。

地動説の中で

幸福にはなれない

我々人類全員の関心は「幸福になる」ことです。全員です。全員が幸福探求の研究者です。90億人全員が幸福の研究者です。ならば、、、、「幸福になる」マニュアルは既に完成しているはずです。絶対に誰かが幸福になるマニュアルを作成しそれが全世界に出回り、、、学校で一番最初にそれを教えるはずです。では?????ありますか?????存在しますか?????ないんですよ、そんなマニュアルは。。。。。。なぜ?????答えを言いましょう。地動説では幸福になれない!!!!!以上です。

世界があって私が存在する

この大前提では絶対に絶対に絶対に幸せになれないのです。AIがこれほどの爆発的進化を遂げるにも関わらず、、、、「幸せになる方法」と聞いても答えを教えてくれません。なぜ??????地動説を信じているうちは、、、、構造上、、幸福は不可能だからです。つまり我々は絶対に幸福になれない大前提の固定観念を持って幸福を追い求めるというヘマをやらかしているのです。

にんじん

にんじんを馬の頭の先に置けば、、、馬はエンドレスににんじんを求めて走ります。これを人間はやっています。絶対に手に入らない「人参」を追い求めて生きています。だからあまりにも多くの「幸福マニュアル」が出回るのです。あまりにも多様なマニュアルが存在しますがどれも最終回答には至らない。なぜ?????前提がNOだからです。前提がダメダメ、、だからです。

ピラミッド

もしも

もしも私が中学の講師をしていて子供たちに「あのエジプトの三角形の建物はエジプト政府の最新兵器である」と断言して教えた時、、、、一部の生徒はそう信じて人生を歩みます。そして実際にエジプトに旅行に行けば、、最新鋭の兵器を生で見たという経験をします。そしてそのまま死ねば、「俺はエジプトで最新鋭の兵器を見たことが人生最大の思い出だ」と言って死ぬのです。彼の人生には「ピラミッド」は存在しなかったのです。

そして来世

そして来世、、、生まれ、、、、ヒプノセラピーに。。。過去世を見てもらうと「あなたはエジプトで最新兵器」を見たようです。。となります。つまり記憶が経験を生み出すのです。その記憶の内容が全てであって真実など存在しません。記憶こそが経験製造マシーンであり、、、、経験は記憶に依存するのです。催眠術をかけてあなたは犯罪者だ、、、、としてしまえば、、、あなたは犯罪者としてこれから生きるのです。事実とかそういう話ではなくそうなっています。

記憶の中で幸福になれない理由

残念ながらその記憶が完全に間違っています。人生を生み出すその記憶が完全にアウトなのです。ですからそこから生み出される人生も完全にアウトです。つまり苦しみからは逃れられません。真実とは「記憶」のデタラメを一掃します。真実は記憶を焼き全焼させます。記憶は真実を拒むでしょう。ですが恐れを克服した勇者は真実を手放さず勘違いの記憶が全焼するまで求めます。真実が勘違いの記憶を全焼するまで探究が続きます。

記憶の中には愛がない

残念ながら

残念ながら、、、記憶が作りだすストーリーの中には愛はありません。最愛の人を亡くした、、、電撃的に雷に打たれ恋に落ちた、、、あの人のことを思うだけでハートが苦しくなる。。。。何でもあります。失楽園、、この恋を終わらせるぐらいなら死ぬ、、、、何でもありますが、、それが真の愛ではありません。真の愛をカスった程度です。現れては消える愛は真の愛ではなく経験です。経験は経験に過ぎず、、経験の中には愛がないのです。

我々

残念ながら我々自体が記憶が生み出した想像物です。その想像物同士の中に愛は生まれません。なぜならば記憶が作り出したストーリー上でしか我々は恋愛できないのですから。だからそこには愛がないのです。ショッキングな話かもしれませんが残念ながら事実です。恋愛結婚が始まって離婚率は減るどころか激増しました。それも証拠の一つです。

ガツンと引いてみる

記憶が生み出したストーリーをガツッと引いて見ます。この記憶は何でできているかと言えば「この意識と意志」でできています。この意識、意志が記憶となってストーリーを今作り上げています。ですから意識はこの体の中に含まれているのではなく、、この意識と意志こそが恋愛ストーリーを奏でているのです。つまり個人など存在せず、、ただ記憶がストーリーを奏でます。その原料こそが「この意識、意志」です。この事実が腹の底に落ちますと、、、ここが喜劇になります。ここがただの意識と意志の遊びに変わります。その瞬間、愛が溢れます、調和が溢れます。全く恐怖がない中で遊びが起こるのです。これが愛です。

本丸を突く

記憶

恐れが全てを生み出しているのは説明しました。ではその恐れは何でできているのか????記憶です。トラウマというのは記憶ですよね。記憶が「恐れ」を生み出し、、その恐れが問題を次々に作るのです。ではその記憶を消すにはどうするのか???記憶って自分で消すなんてできるわけないでしょ!!!だって消し方を教わっていないのだから。。。。。では記憶の消し方を教えます。「その記憶が間違いであることを実感してしまう」ことです。その記憶が間違いに過ぎないことを実感してしまう、、これが記憶の消し方です。

例えば

あなたがあるお花を「薔薇」と記憶していたとしましょう。。。ある日、、薔薇をくださいと店員に伝えたらそれは「ユリ」です、、と伝えられた、、、その時あなたの中から「薔薇」が消えます。もうこのお花を「薔薇」と記憶する必要がないのだから。その瞬間からあなたはその花を見た時「薔薇」ではなく「ゆり」が瞬時に出ます。つまり記憶が消えたのです。例えばあなたが病院で医師をし、退職した瞬間、、患者さんの名前を忘れていいわけです。すると消えます。消えていきます。つまり記憶とはそこに意識がいかなければ消えていくのです。意識こそが記憶を生み出すのですから。

つまり

真実のメッセージは記憶を解体します。記憶を木っ端微塵にしていきます。勘違いの記憶が完全に除去されていくのです。鬱病などになると記憶が消えたりしますが、、、これ記憶を強制除去して恐れを生み出させなくしているのです。そして我々は鬱病にならずに今まさにここで真実のメッセージに触れることで記憶を除去してしまうのです。記憶がそこに起こるのは意識がそれを記憶しようとしているのであり、意識が記憶に意識しなければ記憶は消えていくのです。必要性がない時、意識がそこに向かないのです。

こうして

こうして記憶が撃破されますと「恐れ」も記憶から起こらなくなり、、、結果問題自体が消えてしまいます。何も恐れはがない状態、、これが真の幸福です。条件で問題を消し去っても「恐れ」は何も変わらずに残っています。だから問題も絶対に途切れないのです。

恐れから

最初に

今あなたはとんでもない問題を抱えているとしましょう。借金、病気、友人関係、夫婦関係、スキャンダル、離婚、生き別れ、倒産、、、この全てを片っ端から片付けていくのは大変です。10年以上の歳月がかかるかもしれません。ですがこれを一瞬で全て解消してしまう方法があります。一瞬です。どうやって????魔法使い???そんなの不可能????いやできます。どうするか????「恐れ」を潰すのです。「恐れ」を木っ端微塵に潰します。

いやいや

ちょっとちょっと、、、何を言っているんですか????これらの問題こそが恐れを生み出しているんですよ!!!!倒産したから「借金取り」を恐れているんです!!!何を言っているんですか???違います。全く違います。「恐れ」が今の問題の全てを作ったんです。恐れが問題という現象になって問題を作ったのです。ですから本丸は「恐れ」です。ここを最初から照準にします。ゴルゴ13ならば最初からここを狙います。

行きますね

これは夢です。完全完璧に夢なんです。だからあなたは生まれてきてもしないし死にもしません。体が死んでもそれも夢の中でです。輪廻転生してもそれも夢の中でです。過去世を見てもそれも夢の中でです。あなたは生まれることも死ぬこともできない「夢の創造主」です。このことが腹落ちすますと「恐れ」という本丸から消えます。本丸が大炎上します。だからいって借金は残ります。倒産も病気も何もかもが残ります。ですが「恐れ」が消えた今何一つそれらは意味を持たないのです。

そして

冷静沈着に感情なく処理が終わっていくのです。破産手続き、病院通い、、、なんでもいいでしょう。重要なことはもう恐れは何もないし、、新しい問題も起こりません。起こっているように見えていても「恐れ」は既にないのです。ですから大安心の中で問題らしきものが起こり大安心の中で処理されます。「恐れ」という本丸が撃破された今、恐れが作りだす問題ももう起こらないのです。つまり問題が消え去ったのです。