芸能界

もしも

もしもあなたが一攫千金を当てた後に芸能界で活躍しようとしたならば「怖い先輩」は存在するでしょうか???もしもあなたが働く必要がない状態を生み出した後に芸能界に入って「怖い先輩」は登場しますか????しませんね。つまり怖い先輩を登場させるのはあなたの「恐れ」です。あなたの恐れが「怖い先輩」を生み出すのです。「怖い先輩」が最初に存在するのではなく「恐れ」が最初に存在し「怖い先輩」を生み出します。

その証拠に

今回のフジテレビ問題、、被害にあったという彼女が既に億万長者で働く必要もない場合、誘われた時点ではっきりと「NO」が言えるのです。はっきりと『NO 』を言える人にとって怖い先輩は皆無です。怖い職場というのは存在しないのです。「恐れ」を抱えている人の前に「怖い会社」「怖い先輩」「怖い部下」と形を変えて現れ続けます。つまり恐れを無くしてしまった瞬間世界から「怖い存在」は消え失せます。その証拠にあなたが3歳児ぐらいの時、悩んでしまうような「怖い存在」は存在していなかったはずです。怖い存在とは「恐れ」が作るのです。

じゃあ

恐れを今とっちゃいましょう。今恐れを取ります。完全完璧に。どうやって????「これは夢です、完全な夢です」だからここしか存在しません。ここだけです。ここで全てが完結しています。ここ以外には何も存在しません。これは夢だからあなたも夢の中の登場人物に過ぎません。そして本当のあなたはこの夢を創造する神です。そしてこの夢を見ているのも神です。だからあなたは死ねません。この夢が消えてもあなたは死ねないのです。

どうですか????

死ぬことが絶対にないという気づきは根本の「恐れ」を消してしまいます。それが怖いから何とかして身の安全を図るために朝から晩までせっせとせっせと生きていたのに気づきますか????将来何かあっては遅い、、、だからアリのように日々日々働くのだ!!!!という固定観念に支配されていたのに気づきますか???あなたはこの体の責任者であってだから責任を果たさなくてはならない!!!!という固定観念に支配されていたことに気づきますか???

分離を極める

幼少期

中学生ぐらいになると、、世界と私は完全に分離しているという錯覚が完全に芽生えることから、、、自己防衛意識が強化されて行きます。その自己防衛意識は勉強、受験、運動などより強い「個」を目指します。頭が良いとは、、あらゆる情報を取り入れてこの世界で生き抜くサバイバル能力のことです。体が強いとはどんな敵にも屈しない強靭な体を意味します。こうして防衛本能丸出し、自己防衛全開で生きていくのです。

ですが

この生き方を突き詰めていけば確かに収入は増え、家族も増え、社会的地位も上がっていくかもしれない。ですがいつまで経っても「戦い」が終わりません。家族ができれば家族の収入、子供のお受験、この戦いには終わりがないのです。戦って戦って戦い疲れたその時、、この戦いの先には戦いしかないという「悟り」が起こるのです。

その時

分離から統合へ意識が向かいます。外部に向かっていた「意識」が内部に向かうのです。関心は自己防衛ではなく「私とは誰か????」になるのです。全ての外部情報は「私とは誰か????」を指し示す対象に変わります。全てが「私とは誰か???」の回答のために存在してくれていることに気づきます。なぜならばこの世界という幻想はこの固定観念が、、形になって現れたものだからです。外部情報とは全て自分自身の固定観念を反映したものだったのです。

あの人は次元が違う、、、

言い得ている

マイケルジョーダンを称す時、彼は次元が違うと言います。大谷翔平は次元が違う、、メッシは次元が違う。。。言い得ています。その通りなのです。彼らの意識が「ここ」ではない場所に存在しているのです。彼らの意識がこの物理空間を物理空間とは捉えていないのです。彼らの意識が「意識」の場所に収まったとき「奇跡」が起こるのです。

科学では証明できない

恐らく大谷翔平のバッティングを科学で解説しようとすると失敗します。筋肉の動き、脳の支配の動きから、、バッティングを再現しようとすると、、、不可能になります。あの160キロ強のスピードをホームランにするのを「科学的」に解説するのは不可能です。ではどうしたら打てるのか???我々は時空間の中に住んでいるという思い込みを持っていますが、、その感覚では打てない。時空間を自らが生み出しているという事実に戻らないと不可能です。

しっかりと観察する

ボールをしっかりと見る、手の感覚をしっかりと観察する、、、この動きは何かを掴みます。何を掴むのでしょうか????何ですか???集中力全開の観察は物事を真実を感覚的に掴んでいきます。これは物質ではなく意識と意志でできています。全ては意識と意志でできています。そのことが圧倒的集中力の結果「分かって」きます。この「意識と意志」で全てができているのだから、、そこに意識と意志が集中した時「奇跡」が起こるのです。この意識と意志がこの意識と意志そのものに集中が起こるのです。

神が神に戻る

神(意識と意志)が神(意識と意志)に戻ります。するとこの神が鏡に映った姿(現実)に奇跡が起こります。奇跡とは神が神の居座る場所に腰を落ち着かせた時に起こります。意識がこの世界を丸呑みした時に起こります。意志がこの世界を丸呑みした時に起こります。集中し集中し集中し意識が外部環境への関心がなくなった時「奇跡」が起こります。

恐れの現象化

恐れが最初にあって

この世界、この世界に現れたものの宿命があります。それは現れたものは必ず消えなくてはならないという宿命です。全ては幻ですから、、幻とは「実在しない」という意味です。幻が永続してここに在ってはそれは幻ではないのです。ですから幻は絶対に消える運命にあります。その中の一つが「恐れ」です。恐れは実在ではありません。実在ではない「恐れ」は消える運命にあります。ということで恐れはどうやって消えるのでしょうか??

恐れが幻として現象化する

死ぬことに強い強い恐れを抱いていますと、、その恐れこそがあらゆる形で現象化します。もしものたれ死んだら、もしも結婚できなかったら、もしもお金を奪われたら、、もしも、、もしも、、、この強い強いイメージが、、、現実化していくのです。根底に肉体死という「恐れ」が最初にあって、、それがあらゆるイメージを強化していきます。そして「絶対にお金は稼がなくてはならない」「絶対に結婚しなくてはならない」「絶対に子供を作らなくてはならない」「絶対に会社を辞めてはならない」というルールが次々に生まれていくのです。これが固定観念です。

現れたものは消える

これらの固定観念は現れてしまった以上消える運命にあります。つまりその固定観念を手放したくなるような出来事が連発します。トラブルが嵐のように吹き荒れます。その固定観念を手放すまで続くのです。そしてあらゆることに「もうどうでもいいや」が生まれ、、恐れが生み出す現象が消えていきます。ですが「恐れ」自体が残っている限り恐れが生み出す問題が次々に起こるのです。そして人は自然と「真実」発見に向かいます。結局のところ本当のことが分からないと根本解決にならないことをどこかでは分かっているからです。

真我に落ち着く

本を閉じた瞬間

悟りに関する書籍を読み始めた当初は、、、本を読んでいる時間だけ、、、意識が世界に意識的になり、真実に目覚めた状態に入ります。ですが本を閉じた瞬間「現実」に戻ります。映画を見終わった瞬間「現実」に戻る感覚に似ています。本を読んでいる意識状態が直ぐに外れます。ですがこれを繰り返していますと、徐々に徐々に意識が真我に落ち着いた状態に馴染んでいきます。真我の存在に気づきながら、、この世界を眺めるようになります。

ベクトルが真逆になる

我々は世界が最初にあってその後にこの世界に生まれてきた後発組と聞いてきました。完全な後出しじゃんけんで生まれてきたと教わってきました。幼少期はそんな感覚はゼロです。小学校ぐらいになると流石にその感覚が芽生え、、世界が最初にあって、、そこに生まれでたのだという感覚を作ります。ですからいつも世界からこちらにベクトルが向きます。世界があっての私だからです。ところが真我実現が起こりますと、、ここから世界が飛び出していくのです。こっちから世界が飛び出ます。真逆のベクトルが生まれます。

この時

この時、、、愛と調和が飛び出てきます。愛と調和がここに溢れ出ます。なんだこれ????なんじゃこれ???です。外で聞こえる人の声に愛おしさを感じます。飲み屋の荒れくれ者に愛おしさを感じます。オヤジの親父ギャグに愛おしさを感じます。だってここからオッサンの親父ギャグが出たんですから。世界の中の私の時間よりも、私の中の世界の時間が徐々に徐々に増えていくのです。

利己的に探究する

?????

探究に心血を注いで周囲を顧みない。。それって利己的な行動じゃないですか??????それって自己中心的では???????????大丈夫です、超自己中に探究してください。徹底的に利己的に探究するのです。真我実現のための徹底的に独りよがりにやっちゃってください!!!!!!なぜ????なぜそれでいいのですか???悟りとか目覚めを目指す人間がなぜそんなんでいいんですか???

やってみれば分かる

周囲に優しくしよう、とか、、周囲は守らなくては、、とか、、、、なんだっていいのですが真我実現していない全ての行動は皮算用、取引、打算です。みんな苦しくて苦しくて居心地が悪いのですからそんな状況で他己的な行動など皆無です。全員が利己的なのです。だから真我実現を目指す「行為」も当然利己的です、利己的以外の行動など取れないのだから。真我実現するまでの行動は全て利己的なのです。

真我実現すると

そして真我実現しますと、、、全てが自分だったことに気づきます。全員が自分の子供だったと気づきます。これが覚醒、悟りと呼ばれることです。その時、、初めて、、、この体とあの体を差別できなくなります。全てが同価値という状態に入ります。そこで行われる行為が「真の愛」です。打算のない愛です。皮算用のない愛です。利己的ではない行為がスタートします。全部が自分と分かった真の利己的な行動が起こるのです。

仕事と真我実現

どうやって???

仕事が忙しすぎて真我だとか真実だとか、、そういったことを学ぶ時間がありません。どうしたらいいですか????これ本当に多い質問、疑問の一つです。多くの探求者はここでやられてしまうのです。その学びは大切なのは分かっている、だけど一番重要なのは生活ですよね?????????これ完全に履き違えています。完全完璧に記憶の奴隷です。

記憶の奴隷

さてと、、今のあなたの生活は今のあなたの固定観念が支えています。今あなたが何時間働かなくてはならないのか????はあなたの固定観念から生み出されたのです。今あなたがいくら稼がなくてはならないかは、あなたの固定観念が支えているのです。真我実現と生活を分けて考えるのは全く違います。全ては真我の中に含まれています。学ぶ時間がいっさいないとしたら「学んでいる暇など一切ない、私は毎月50万円は働かなくてはならないのだ」という固定観念通りの現実が起こっているのです。

これが真我実現

ですから真我を探究するとは「世界」を変えてしまうことです。真我を探究するとは「現実」を変えてしまうことです。真我を探究するとはこの現実と呼ばれる世界を幻想だったと気づかせ、そのまま幻想を変えてしまうことです。だから何も心配せず余った時間で学んでください、という触れてください。学ぶという行為自体が「脳」の活動になっていてそれを脳はやらせません。だって記憶を消してしまう活動を記憶が喜ぶはずがないのだから。ですからただ触れてください。結果は全て横に置いて、、、ただ触れるのです。そして「よく分かった、頭が整理された」みたいにならなくて大丈夫です。一個一個のメッセージが確実に何かを破壊しますから。

後悔

全て

全て自動運転です。何もかもです。ジェットコースターに乗ったら、、確実に自動運転で全てを体験させられます。アップダウンを自由に決めていいジェットコースターは皆無です。ですから、、、、何でも味わってください。我々には味わう以外の選択肢がないのです。今これをやらされているならばそれをやるしか選択肢がなかったということです。ですから何一つ後悔などしなくて大丈夫です。ただそれを感じ尽くせばいいのです。

感じ尽くすと

感じ尽くして行きますと、、、何かが感じられます。何でしょうか????それが愛と調和です。全て実は愛と調和でできています。全てが自動運転だと分かってしまえば、、あとは感じ尽くすだけ、、、そうなった時「愛と調和」しかないことに気づきます。どんな下品な下心が起こってもそれも起こるしかなかったと気づいた時「愛と調和」がドッと溢れてくるのです。

滑らない話

滑らない話という番組がかつてありました。芸人が渾身のエピソードをそこで披露します。あの笑いは何か???人間の浅はかさ、不条理、失敗、、、など起こるべきして起こったことを認め「愛と調和」を起こしているのです。人間は思考で考えようと行動が勝手に起こりますから、、何一つ自由には決めていないという真実こそが、、、失敗を生むのです。失敗とは自由意志がない決定的証拠なのです。ですがそれを認めた時「愛と調和」が生まれます。

夢の展開

夜見る夢

あなたは毎晩夢を見ます。その夢の中で主人公のあなたが取る努力は結果に反映されますか??????夢の中のあなたがボクサーで半端ない練習を積んだ結果は夢の中で結果に繋がっていますか????死ぬ直前まで練習を重ねたことと勝敗には因果がありますか????ないのです。あなたが「練習すれば勝てる」という固定観念を持っていれば、、、どんな相手だろうと勝ちます。夢の中で。つまり練習が勝たせるのではなく固定観念が勝たせるのです。

つまり

この夢、この現実と呼ばれる夢の中でも自我(主人公)には一切結果を出す力がないのです。自我がどれほどの努力をしようと「結果など出るはずない」という固定観念があれば固定観念が「結果が出ない」という結果を出します。「俺は何をやっても勝てない」が固定観念ならば死ぬほどの努力をしても「結果は出ない」という固定観念が結果を出させないのです。

だから

あなたがやるべきことは「血の滲むような努力」ではなく、、、固定観念の解除です。今どんな固定観念を抱えているのか????この調査です。どうやって??????真実のメッセージに触れてください。真実のメッセージの役割とは「あなたの勘違い」を発見し破壊することだからです。それをしなければあなたの血の滲むような努力は固定観念によって木っ端微塵に打ち砕かれます。そして「やっぱり」と溜息をつくのです。

恐れから片付ける

問題解決

世の中を見渡してみれば「問題解決」「問題解決」次から次へと問題が現れ続け、、それを今回はどうする????と試行錯誤を続け、、問題解決を図ります。ですがこの問題はなぜ現れているかと言えば「恐れ」です。恐れが問題を作り続けているのです。ですから、、この恐れ自体を消さない限りはこの恐れが次なる問題、次なる問題を量産し続けるのです。

ではどうする????

この恐れは何から起こっているのでしょうか????究極の恐れ、恐れの根底には何があるのでしょうか???何がこの恐れを生み出しているのか????ここを壊滅させなければ何もかもが意味がありません。何がこの恐れを生み出しているのか???ここ最重要ポイントです。ではお伝えします。「無知」です。真実を忘れ嘘を信じているから「恐れ」が生まれるのです。神が今この人間を「私」と勘違いしているから「恐れ」が生まれます。ここに全ての原因があります。

じゃあどうする????

じゃあどうすれば私が神って思い出せるんですか????それが簡単にできるならわけないです。そんなことが簡単にできるなら寺も教会も何もかも要らないでしょ。。。。とんでもない、、今できますよ、、今です。今あなたは神に戻ります。どうやって?????「これは夢なんです、完全に夢です、夢だから人間であるあなたが見ているんじゃないんです。この夢の創造主としてこの夢をあなたが見ています。だからあなたは神なんです。」はい、神に戻りました。簡単ですね。