自由意志があるという思考

これも全自動

最初から解放されている。覚者はこう言います。あなたは最初から悟ってます。あなたは最初から目覚めています。最初から愛しかないんです。こう言います。ですがこれ本当です。目覚めるとこれが分かります。最初から我々は解放されちゃっているんです。では答えを言います。世界とは分離した自分が居るぞ!!!という思考も解放の一部です。

つまり

全てが解放の一部です。借金1億円返さなきゃ、、も解放の一部です。どうやって返そう、、これも解放の一部です。実は誰も思考していないのです。解放の中でこれらの思考が現れているのです。解放がこれらの思考として現れたに過ぎないのです。この事実に目覚めていない時、、勘違いの思考が起こり苦しみます。

今まさに

この仕事を成し遂げなくては

そう思っているとしましょう。それを成し遂げるのは誰ですか???間違いなく「私」です。私が強く意識されます。すると苦しくなります。この苦しみを思考は「何か」として想像します。この何かを自分が解消しようとします。その思考がまた苦しみを生みます。これがエンドレスに続きます。

終わらない

終わりがないのです。どこまで行っても終わりがないのです。この苦しみの連鎖には終点がありません。でも釈迦はキリストはこの連鎖から抜けたのです。どうやって「自由意志がない」ことを見抜いたのです。自我はこれを認めません。なぜか????なぜか?????これを認めたら自我は存在が無くなってしまうからです。これが自我の終焉を意味するから自我はこれを認めないのです。

だから認めちゃう

そうです。だからこそこれを認めます。これを自覚しちゃいます。自我の既得権益を奪ってしまうのです。自由意志がないことを徹底的に認めてしまうのです。すると負の連鎖が壊れます。負の連鎖が根底から潰れます。自我が嫌がることをやってやるのです。これで戦いが終わります。苦しみの終わりです。

自我=負の連鎖

あるケース

大衆が官僚を叩きます。官僚になりたがる若者が減ります。官僚の質が下がります。大衆は官僚を叩きます。ますます官僚になりたがる若者が減ります。官僚の質が下がります。これ負の連鎖と言います。解決策が問題を生むのです。解決しようとする動きこそが次の問題を生みます。

自我

収入が減ったという問題が起こります。これを自我が頑張って解決を図ります。すると分離感が生まれ苦しくなります。この苦しみを思考は「何か」にします。この「何か」を解決するために自分が解決を図ります。すると分離感が生まれその苦しみを思考が「何か」のせいにします。自分がこれを解消しようと動きます。これを負の連鎖と言います。釈迦は悟り人生は「苦」と称しました。

でも

家賃は???電気代は??誰が払うのか???自分が払わなければ生活できないではないか???そうです。その通りです。その通りなんです。これでは解決方法がないのです。釈迦はでは何を悟ったのか??釈迦はどうやってこの苦しみの連鎖から抜けたのか????結論を言います。「自由意志がない」ことも見抜いたのです。自分が実は存在しなかったのです。自分は実は何もしていなかったのです。

腹が立つ

ペインボディ

ペインボディは全身にありますが一番大きな場所は腹でしょう。腹が立つ、腹の虫が収まらない、、などの言葉の通り、、負の感情を現す言葉は腹にあります。ここでペインボディは肥大化します。ファスティングなどをするとこのお腹の重い感覚を強く感じます。お腹に重い重いエネルギーが存在するのです。

感じる

ペインボディを自覚するポイントは感じることです。しっかりと体に負の感情を感じます。そして感じた上でそれを除去します。私はこれをヨガ、ファスティングで行います。これができない方は、、ペインボディが起こす感情が自我ストーリーを生み出していることを自覚します。その仕組みが自然に勝手に起こることを自覚するのです。

全開放

自我ストーリーが起こる仕組みに気づきますとその思考が起こることによるパニックが消えます。思考が起こっていていいのです。ペインボディと自我による共同ストーリーが今起こっているなーです。これが分かっていればいいのです。その時パニックがありません。これをどうこうしようという動きが消えます。ネガティブな思考が起こっていてもいいのです。これをコントロールしようという動きが消えた時全開放が起こります。真我から愛が溢れてきます。

枯渇と補充

ペインボディ

ペインボディはエゴを維持するための燃料です。エゴは気分が上々の時、ストーリーを描けません。ドラマを作れないのです。ですから気分を下げてその原因ストーリーを作るのです。気分を上げてしまったら原因ストーリーが生まれないのです。気分を下げることで原因ストーリーが生まれます。そのためにペインボディは感情を生み出します。感情の打ち上げ花火をするのです。

居心地の悪さ

居心地の悪さが最初に起こってそれが思考を刺激します。思考はこの居心地の悪さを活用して、、過去の怨念、過去の失敗、過去の、、、、を作り出し、、、未来を憂うのです。これが自我ストーリーの正体です。この仕組みに気づけないと自我の動きを見切れません。何が今起こっているか自覚できません。

怒りのストーリーが生まれても

それでも頭の中ではストーリーが生まれます。勝手に自然にストーリーが生まれます。ですがその時気づくのです。なぜそのストーリーが生まれたかに気づきます。生まれた理由は自我を生き伸ばすために感情を利用しているのです。自我とペインボディの連携作用に気づきます。

真犯人

ペインボディ

気分が良い時、、過去の怨みつらみを思い出すことはできますか???気分が最高に良い時、過去の過ちを後悔することはできますか???不可能です。気分が実は妄想を作ります。気分こそが夢を生み出すのです。では???その気分を完全に乗っ取る輩がこの世界に存在するとしたら????気分を完全に意のままにコントロールする輩が存在するとしたら???それがペインボディです。

ペインボディは

自らを肥え太らせるために「ネガティブな感情」花火を打ち上げます。その時、、自動的に思考がその原因を作るのです。そういえばあの時あれをやられた、、そういえばあの時あいつが、、です。こうして過去の恨みつらみ、将来の不安のストーリーが襲ってくるのです。つまりはこうです。我々は一日中ペインボディの打ち上げ花火に付き合っているのです。

打ち上げられれば

打ち上げあげれば、、そこから自我はストーリーを作ります。自我はあの時の恨み、これからの不安というストーリーを作るのです。こうして自我は悪夢に浸るのです。そしてペインボディは肥え太ります。一日中思考の中で私ごっこをするのです。そしてこのメカニズムが強烈過ぎるとき、、私を消したいと思います。この世界から私を消し去ってしまいたいとさえ思うのです。ペインボディが肥大化し過ぎて自我が焼き尽くされるのです。

悟り

悟りとは事実の完全俯瞰です。完全俯瞰ですから今何が起こっているかを見抜くのです。今私の中のペインボディが花火を上げた、、その瞬間に気づくのです。そこから過去の怨念ストーリー、未来の不安ストーリーが生まれます。これが本当に事実として起こっていることに気づくのです。気づかれたメカニズムは作動しません。なぜならば花火の後のストーリーはペインボディのためだからです。なぜそこに付き合う必要があるのでしょうか??

夫婦喧嘩

やる必要がある

イライラの回収にもってこいは「家庭」です。なんで洗濯物やってないんだ、料理が遅い、シーツが洗ってない、、、回収するにはもってこいです。よく観察してみてください。「洗ってない洗濯物」を発見した瞬間「ニヤッ」と笑うペインボディがいます。喧嘩を売られた瞬間「ニヤッ」と笑うペインボディが居ます。

つまり

この争いはペインボディが仕掛けペインボディが笑っているのです。自我を維持するために意図的にこれが行われます。やればやるほどペインボディは膨れていき、、自我は安泰です。ですがあまりにこのペインボディが大きくなり過ぎると、、苦しくなります。半端ない放射量によって自我が死を選ぶことすらあります。

何でこんなこと

なんでやっちゃったんだろう

女性は多いはず、、なぜあんなことまで言っちゃったんだろう、、これペインボディが乗っ取ってやっています。なんであそこまで言っちゃたんだ、、です。この動き、この動きこそが自分自身に向けても起こります。なぜこんな馬鹿なことを、、です。ペインボディは負の感情を収集するためになんでもやるのです。なんでもです。

自分を責めない

相手からとんでもない反撃をされて泣き叫ぶ時、、ペインボディはしっかりその感情も回収します。しっかり回収します。「もう死にたい」「別れてやる」「実家に帰る」この感情をしっかりと食べます。ペインボディはこうして肥えていくのです。このエネルギーは自我の餌です。バッドドリームの餌です。栄養源です。

認めるわけにはいかない

ペインボディの動き

遅刻の常習犯、「なぜ遅刻する????」と問い正しても「分からない」お互い様でいいじゃん、、です。これペインボディが最も嫌がること、相手の嫌がることを乗っ取ってやるのです。自我をペインボディが乗っ取って「これをやる」のです。相手をしっかりと「イライラ」させて回収します。全回収です。そしてまさかの相手のペインボディもその「イライラ」をしっかりと回収します。ペインボディ同士の連携プレイです。

イライラ格闘技

あいつは前回これをやってきたから今回はこれをやってやろう、、、イライラさせあう格闘技をエンドレスにやります。お互いにどうやったらイライラさせるかをやるのです。重要なことはこのペインボディの動きを「自我」の動きと思わないことです。ペインボディこそが負の感情回収のために動くのですから。

観察者

ペインボディは冷静に明晰に観察されることを嫌います。正体を暴かれてしまったら大変ですから。ですからペインボディの動きを明晰に見抜くのです。相手のパンチに当たらないようにします。不幸依存症の動きを明晰に見抜くのです。パンチを見抜かれたペインボディは攻撃を辞めます。この相手には危険だからやめよう、となります。

罪悪感

やっては駄目

これは駄目、あれも駄目、、、学校に行けばやってはいけないことばかりです。禁止事項に次ぐ禁止事項、、常に常に自身の行動が「禁止事項」に触れないか怯えながら生きるのです。そしてやらかせば「怒られる」の繰り返しです。徐々に徐々にデフォルトで罪悪感が芽生えます。腹の奥深くにあるこの罪悪感を抱えながら我々は生きるのです。

就職試験

頭を下げて就職させてくれる職場を探します。自分如きを雇ってくれる場所を探すのです。罪悪感を抱えながら自分如きをお願いしますと会社を回るのです。決められたスーツを着て髪型も決められ、、そつなくこなせるか否かを見極められるのです。