自我
人は皮算用をします。自我は皮算用で生き延びます。ですから皮算用を見られていると「恐怖」を感じます。この人の前では皮算用は通用しないと自覚しますと「恐怖」が起こります。ですが皮算用でしか生きてきていないため逃げる以外に方法がありません。皮算用はサバイブするためのツールですからこれを止められたらたまったもんじゃないのです。ですから自我にとって皮算用は「核爆弾」なのです。この核爆弾を取られてしまったら最後、自我の終焉になってしまうのです。ですから自我は皮算用を絶対に手放さないのです。
関心
関心が「絶対」に向かうようになりますと常に関心は「絶対」に向くので、皮算用をするエネルギーが存在しなくなります。皮算用にパワーが向かないのです。絶対はこの世界には存在しません。絶対はこの世界を超えた場所に存在します。ですから絶対的存在に関心が向くだけで「皮算用」が小さくなっていきます。ですが武器を捨ててしまっているのですからこの世界では窮地に立つかもしれません。これは自我にとって恐怖です。自我は関心を世界に向けさせることで皮算用を生み出そうとするのです。
分かってしまう
ですが関心が絶対に向いている時点で次元がもう違っています。この体を守る必要がないことを既に分かっているのです。ですからこの現実世界で損をしているように周囲からは見えても何も問題がないのです。何も問題がないのですから益々絶対的存在に関心が集まります。絶対的存在の自覚がある時、、この世界、この夢の出来事を完全に上から眺めてうる状態に入ります。すると何も話をしていなくても相手の心情が手に取るように分かってしまいます。ですがその時全ては愛の状態なので愛の中で相手の皮算用が見えるのです。皮算用すらも愛の動きであることが分かっています。