皮算用

自我

人は皮算用をします。自我は皮算用で生き延びます。ですから皮算用を見られていると「恐怖」を感じます。この人の前では皮算用は通用しないと自覚しますと「恐怖」が起こります。ですが皮算用でしか生きてきていないため逃げる以外に方法がありません。皮算用はサバイブするためのツールですからこれを止められたらたまったもんじゃないのです。ですから自我にとって皮算用は「核爆弾」なのです。この核爆弾を取られてしまったら最後、自我の終焉になってしまうのです。ですから自我は皮算用を絶対に手放さないのです。

関心

関心が「絶対」に向かうようになりますと常に関心は「絶対」に向くので、皮算用をするエネルギーが存在しなくなります。皮算用にパワーが向かないのです。絶対はこの世界には存在しません。絶対はこの世界を超えた場所に存在します。ですから絶対的存在に関心が向くだけで「皮算用」が小さくなっていきます。ですが武器を捨ててしまっているのですからこの世界では窮地に立つかもしれません。これは自我にとって恐怖です。自我は関心を世界に向けさせることで皮算用を生み出そうとするのです。

分かってしまう

ですが関心が絶対に向いている時点で次元がもう違っています。この体を守る必要がないことを既に分かっているのです。ですからこの現実世界で損をしているように周囲からは見えても何も問題がないのです。何も問題がないのですから益々絶対的存在に関心が集まります。絶対的存在の自覚がある時、、この世界、この夢の出来事を完全に上から眺めてうる状態に入ります。すると何も話をしていなくても相手の心情が手に取るように分かってしまいます。ですがその時全ては愛の状態なので愛の中で相手の皮算用が見えるのです。皮算用すらも愛の動きであることが分かっています。

問題

記憶

記憶喪失になってしまったらあなたの問題は全て木っ端微塵に消えます。借金、倒産、闘病、投獄、、、どんな八方塞がりも、、、記憶喪失になった瞬間「問題」も木っ端微塵に消えます。だから悩めなくなります、苦しくなくなってしまうのです。つまり問題の「本性」は記憶です。ですが多くの方はこの事実を無視して問題解決に奔走するのです。そして見事「借金返済」という問題を片付けて、、「やれやれ」となるのです。ですが問題の本性である「記憶」は何一つダメージを受けずここに「ドーン」と存在しています。

勘違いの記憶

勘違いの記憶こそが全ての問題の裏側に「ドカン」と居座り今もこの瞬間もあなたの人生に問題をせっせとせっせと作り続けています。あなたは勘違いの記憶によって生成された問題解決に奔走しクタクタの日々です。この問題解消行動はいつ、どこで終わるのか????果たして終わりはあるのか?????と緊張感全開で動くのです。真犯人は勘違いの記憶です。ですがそれが分からずにただ目の前の問題をせっせと解消しようとする動きが起こるのです。

ですが

ですが今あなたなこれが夢であることに気づきました。この意識、この意志が生み出す夢だと気づいてしまったのです。そうなると様子が変わってきます。過去の記憶の全ては「これは現実」という前提の記憶ですから、勘違いの記憶が削除されていくのです。現実前提の記憶が削除されていきデータが減っていきます。あ、そうか夢だった、そうだ夢だった、、、という気づきは更なる記憶をもう生み出さないばかりか過去の記憶も消していくのです。「現実」と呼ばれる「イマココ」に記憶からの思考立ち上がりが減っていきます。ウイルスまみれになっていたパソコンからウイルスが削除されていくのです。

なぜか

なんか軽いぞ、なんか違うぞ、、が起こり始めます。よくわかんないけど軽いんです。これが起こります。一つ一つの動作に記憶が邪魔をしません。記憶の介入が消えていくのです。問題を生み出し続けてきた記憶が減少化して行きますと、、問題すらも軽く感じます。あれ、俺なんでこんなに深刻にこんなこと考えてたんだっけ????となります。事実では確実に勘違いの記憶が減少しているのです。そして軽くなればなるほどに真実への関心が強化されていきます。あなたはもう勘違いの思考には興味がないでしょう。

その瞬間

自我が消える

この夢の中で、憧れのバッグ、金メダル、車、マンション、、、手に入れたかった「あれ」を手に入れることができたこの瞬間「自我が消えます。」絶対に落としたい女、その女を落としたその瞬間「自我が消えます」松田優作の「なんだこりゃ」です。あ、この瞬間、これどっかで覚えているけどいつだっけ?????が起こるのです。成功者と呼ばれる人々はこれを何度での経験したくてやるのです。経験を超えた経験をしたくてやるのです。

対象と自我の合体

対象を手に入れたその瞬間「対象」と「自我」が合体します。その時、対象と自我が消えます。追い求めていた自分が瞬間消えます。求めていた「対象」も消えます。これが悟りの一瞥です。垣間見えた悟りです。大谷翔平がなぜ記録の先に記録を追い求めるのか???この悟りの一瞥を何度でも経験したいからです。経験を超えた経験を追い求めるのです。

そこから

人生の究極の目標が「悟り」に変わります。あの経験は何だ?????正体不明のあの経験は何だ????となるのです。それはもしかしたら「絶望」から入るかもしれない。。。全てを失ってしまった時の解放感、何もかも失っても失ってなかった安心感かもしれない。。入口は人それぞれです。ですがとにかくどこかで究極の目標が「悟り」になるのです。そこからは人生は超簡単、だって悟りは逃げも隠れもしませんから。いつだってここに在って、あなたに発見されるのを待っています。

孤独感

なぜ????

孤独感を感じています、今まさに今孤独感を感じています。なぜ孤独感の原因が分からないのでしょうか???なぜ????今孤独ならばその原因はハッキリと「今」「ここ」で発見できるはずです。そりゃ彼女が今居ないからです。。。そうですか、、、、でも幼少期は彼女なんていなくても孤独感無かったですよね????彼女が居なくて全然へっちゃらな人も居ますよ。。。それは「推測」ですね。そして原因が分かっているならばなぜ解消されないのですか????水漏れの原因が分かっていたら即修繕は完了します。

つまり

孤独感、悲壮感、焦燥感などのネガティブな感情の原因が分かっていないのです。今ここで発生しているにも関わらず「推測」でしか原因を探し求めず、、ゆえに分かっていないから解消しないのです。武道館を満席にしてまもなく他界した歌手が居ました。分かっていないのです、原因が。ですから今ここで起こるネガティブな感情の原因を「今」ここで発見します。

状況を変えても

環境がこうだから、人間関係がこうだから、経済状況がこうだから、、、そう「推測」しますがその「推測」はことごとく外れてきたのです。だからいつまでも苦しいわけです。その推測による解消というのを今辞めなくてはいけません。今ここでありありと孤独感があるならば原因は今ここにあるのです。それが見えないから苦しいのです。ですのでそれを今見せます、ここで見せます。「これは夢です、完全に夢です」これであなたは夢から覚めるのです。現実と呼ばれる夢から今覚めました。

意識と意志

あなたは今この瞬間も意識と意志があることに気づきますよね????そのことは分かっています。その意識と意志が、、、、この夢を今ここで生み出しているのです。そこにはアバターとしてこの体が現れ、、この夢の中に存在します。ですがそれはアバターに過ぎません。小さい頃はその感覚のままだから「ただ楽しい」のです。今はこの夢を「現実」と勘違いしてしまったから「重い」のです。それだけです。この重さが「孤独感」「焦燥感」「恐怖心」「悲壮感」の根本原因です。

そっちじゃない

夢の中で

この夢の中で、「この」意識が生み出す夢の中で、この意志が生み出す夢の中で、、、あなたは夢中になって何ものかになろうと努力してきました。真面目な学生、真面目な会社員、真面目な旦那さん、真面目な奥さん、真面目な、、、、しっかりした、、普通の、、、、何か。。。。ですが断言しますがあなたは「その何か」では絶対に100パーセントありません。あなたはこの夢を見る「意識」です。「意志」です。ですから一度もその何かに成れたことなど全くないのです。

だから

だからもう何かを目指すのを辞めて下さい。いつかは係長に、いつかは課長に、いつかは進学校に息子を通えわせる「ママ」に。成れないんです。全くそれには成れないんです。かつてもこれからもこの夢を生み出す「意識と意志」以外には成れないんです。アバターが会社の社長にまで上り詰めたところであなたはその夢を生み出す「この意識」です。「この意志」です。アバターを自分と思っている限り、分離感全開、地獄です。

これが分かると、、、、

このことが分かってきちゃいますと、、、、分離感が消えて行きます。何かが変わったと思ったら「分離感」が消えているのです。だって分離は最初から100%、10000%ないのですから。ですから絶対に変わります。これを「現実」と思い込んできた思考(カルマ)が溶けていきます。燃えていきます。溶解します。燃焼します。いつしか「あれ、何か軽くなった」になるかもしれない。。。

人間卒業

今この瞬間に

人間を卒業します。今この瞬間に人間を卒業します。今です。この今この瞬間に人間を卒業します。用意はいいですか????行きますよね。「これは夢です、完全に夢です」あなたはこの夢の中に出てくるキャラ(アバターであり夢を見ている「存在」では当然ありません。はい、人間卒業しました。今日からあなたは人間ではありません。この夢を見ている存在です。そしてその存在とは「この意識」です。「この意志」です。

でも

いやいやでもちゃんとこの体は存在しますよ!!何も変わりはしませんよ。え?????変わらない????だってこれは夢だからちゃんと五感もあるし思考もあるし、アバターも居るし、、夢を見ている「存在」も存在してるじゃないですか。。。何か問題がありますか???もしも夢でない証拠があるならここで教えて下さい。正確無比に証拠を提出して下さい。出来ませんよ、絶対に。自信があります。

分かっちゃいるけど辞められない

この言葉

分かっちゃいるけど辞めらえない、、、これよく聞く言葉です。「分かっちゃいるんだけどね。。。。そうは言っても」頻繁に聞きます。これなんでしょうか???頭では分かっている、、でもできない。。。お酒さえ辞めれば、、タバコさえ辞めれば、、デザートさえ辞めれば、、残業さえ辞めれば、、、そうそうそう。。。これです。これなんです。分かっているんだから出来て当然なんです、自由意志があるのだから。自由意志があるのだから分かったことは全て出来なくちゃ駄目なんです。そうです!!そうなんです。。。

え???????

つまり人間は「分かった」ら「出来なきゃ」おかしいんです。自由意志があるならばこうなります。ですができない、、、つまり「自由意志がない」これが答えです。そうなんです、大前提のミスです。「わかちゃいるけど辞められない」という言葉は大前提の誤解が生んだ言葉です。もう一度伝えます。自由意志がそもそもないのだから分かろうが分からまいが、、、結果には全く関係しないのです。

つまり

もうこれからは自由意志がないと完全に諦めて生きてみて下さい。すると全てが変わります。会社で滅茶苦茶なミスをしても「自由意志がない」のです。ミスをするしかなかったのです。ですからしっかり謝って「自由意志がない」ことを恨むのです。恨むのは自分ではないのです。自由意志がないことを恨むのです。そして酷い態度の上司にも自由意志がないのです。酷い上司の人格を恨むのではなく自由意志がないことを恨むのです。

人生の大転換

人生の大転換が起こります。自由意志がないことが腹の底から理解できますと何かが変わっていきます。徐々に徐々に何かが崩れていくのです。その何かとは勘違いというカルマです。カルマが総崩れで解消されていきます。なぜならばカルマのほぼ全ては自由意志の上に乗っかっているからです。これが消えます。これが崩壊します、カルマが消えて軽くなっていきます。カルマというゴミが燃焼し炎のように炎上します。

過去の投影に未来を描き、期待通りにならずに嘆く

全て

これが全てです。これが人間活動が苦悩であるという理由です。もう一度伝えます。人間とは過去の延長として未来を描き期待します。そしてそれが100%叶わないと嘆くのです。これを一生やります。一生です。来年はこんな年になったらいいなの「来年の姿」とは過去の投影です。過去が生み出した投影の姿です。そしてそこに向かってあらゆる努力をします。ですが全くそうはいかない、、これが「苦しい」理由です。

自由意志があるなら

「毎朝起きて10キロジョギングをすれば、、、人生全て上手くいく」そう確信があるならばその日から毎日絶対にやれるはずです。でもできません。それを根気がないから。根性がないから。説明します。ですが真実では「自由意志がない」からです。え????どういうこと?????そうです。自由意志があるならば絶対に毎日ジョギングできるのです。自由意志がないからジョギング毎日できないのです。

え???????

毎日10時間勉強すれば東大に入れることが分かったら「やればいい」のです。自由意志があればやれますよね????でもできない。できないとき、、、「根性がなかった」違います。全く違います。そうではないのです。自由意志がないからできないのです。つまり期待通りにいかないのは「自由意志がない」決定的証拠なのです。つまり未来に描く期待など自由意志があれば全部叶うのです。叶わなくてはならないのです。そうです。自由意志がないにも関わらず期待をするから苦しいのです。

見る

徹底的に「見る」

見るとは何でしょうか???あなたはこの世界を見ていますか????そりゃそうでしょう。完全完璧にこの世界を見ていますよ。だって「見えて」いますから。ではなぜ徹底的に見えているのに「苦しみの原因」が見えないのですか???なぜ????なぜ苦しみの原因が今ここでハッキリと見えていないのですか???だから見えていないのです。見えているならば苦しみの原因、孤独の原因、分離感の原因が今ここで見える必要があります。

究極的に「見れ」ば

究極的に究極的にこの世界を見れば「何一つ」あなたは何もやっていないことが「見えます」。そして「ここ」以外では何も起こったことがないことも「見えます」。思考を起こした気になっていますが、、その思考が「起こってしまった」ことも「見えます」。感情を起こした気になっていますがその感情も確実に「湧いてしまった」ことが「見えます」。つまり全部が見えるのです。これが見性です。全て素っ裸に見えています。我々は洋服を着飾ってメイクをガンガンしている世界を見ていたのです。素っ裸の本当の世界の姿を見ていなかったのです。

洋服とメイク

この洋服とメイクが「カルマ」です。勘違いです。勘違いの「眼鏡」をかけて世界を見ていたのです。その勘違いの眼鏡を今外してしまいましょう。勘違いの眼鏡、カルマを今外すのです。今です。余裕が出たら外したいけど。。。。。違います。その眼鏡をかけているから余裕がないのです。眼鏡を外さない限り余裕は生まれないのです。だから即刻に眼鏡を外すのです。

勉強なんてしなくていい???

その不安が。。。。

これが夢なら勉強なんてしなくていいんですよね!!!!夢なんだからしなくちゃいけないことなんて皆無ですよね?????違うんですか????はいその通りです。事実では「しなくちゃいけないこと」など全くありません。これは夢です。守るべき決まったルールなど皆無です。絶対的にノールールです。ですが、、残念ながら、、、、、あなたが勉強を放棄すると、、、、、、「母親からのプレッシャー」「父親からの呼び出し」「友人からのお前大丈夫か???」「親族からの心配の声」が起こるでしょう。夢の中で。

なぜ????

夢ってわかってんだから別にいいですよ!!!どんなプレッシャーをかけられたっていいじゃないですか!!!!そうです、その通りです。いいんです、ですがなぜそのような周囲の反応があるのか、、ここが重要です。最重要です。その声は「あなたの不安」が現象化したのです。あなたの不安が周囲の姿を形取って現れたのです。ですからその声に必ず「あなた」が動揺します。動揺し、、少しは勉強しようか。。。。が起こります。これが真実です。

あなたって男ですか????

男性のあなたに対して「ちょっとお伺いしますがあなたは男性ですか????」と道で声をかけられることはありません。なぜ?????だってあなたが自身が男性であることに何一つ「不安」がないからです。だから道を歩いている時「ちょっとお尋ねしますが、、、、あなたは男性ですか????」とはならない。。。。絶対に。。。つまり周囲の反応はあなたの「声」です。言葉にできない固定観念を周囲が「言語化」するのです。

だから

「勉強なんてしなくていい」と気づいても心の奥底の声「でも、、、多少は」「あれ、、、さすがにやばくね」「俺以外全員やってるぞ」という心の奥深くの声が周囲を通じて「言語化」します。これが事実です。だから周囲の反応を見て「俺の心の声を代弁してくれたんだ」と思って下さい。あなたの許可なく発言できる存在は存在しないのです。発言の全てはあなたの奥深くの声です。それを聞いて「そうか、俺は奥深くでは信じきっていないな」と自覚するのです。全ては愛と調和のエネルギーです。気づきを促す動きしか存在しません。