意識の中に世界を放り込む

これは夢???

意識の中に全てがあるのだ!!!!こう告げられたところで、、、あなたはそれを「信じる」以外にはないと思うでしょう。全ては意識と意志の中にある?????そう信じてこれからを生きて行きたいと思いいます!!!違う、違う、全然違うのです。今この瞬間に意識と意志の中に全てが存在することを自覚しなくてはいけません。今です。この瞬間です。この瞬間に意識と意志の中に間違いなく全てが存在することを今実感して下さい。出来ません。どうやって????不可能でしょ。。。。。

では

私が今あなたの世界をあなたの意識と意志の中に放り込みます。今です。今この瞬間にあなたが今見ている、あなたとは全く関係のない世界を今この瞬間にあなたの意識と意志の中に放り込みましょう!!!!用意はいいですか????行きますよ。。。。「これは夢です」「完全完璧に夢です」夢だから全ては意識の中に含まれています。全ては意志の中に含まれています。はい、終わり。

この瞬間

本当だ!!!!間違いない!!!!本当にこの世界は幻想で、不確実で、でも確実に「意識と意志」の中に含まれている!!!!!!となります。なりましたよね????なっていないとは言わせませんよ。ではさらに強度を上げましょう。。これが夢でないと思うならば、、、その決定的証拠を上げて下さい。私を裁判官だと思って反対証拠を上げて下さい。できるもんらば上げて下さい。出来ませんよ。絶対に。出来ないことが分かっているからここまで大上段から言い放っているのです笑

意識の中に登場した世界

今あなたの前に意識によって生み出された世界、意志によって生み出された世界が「ありあり」と存在しています。だからあなたは「創造主」だと言われてきたのです。だからあなたは「救済者」と呼ばれてきたのです。だからあなたは「意識であり意志」だと言われてきたのです。だからあなたは「既に悟っている」と言われてきたのです。だからあなたは「幻想」だと言われてきたのです。

スマホをなぜ私とは言わないのか???

変な質問

本当に本当におかしな質問をします。あなたはなぜあなたのスマホを「私」とは言わないのですか???笑。とてつもなく狂った質問を今私はしています。あなたはなぜあなたのスマホを私とは呼ばないのでしょうか????体に向かって誰かが話しかけてきたら「私のことですか???」とあなたは言うでしょう。ですがあなたのスマホに誰か話しかけても「私」に用があるのですか???とはなりません。

なぜ?????

当たり前すぎてあなたはこのことについて考えたことすらないでしょう。いやいや何をコイツは言っているんだ?????という話です。ではお答えします。「意識」からその思考が湧かないからです。意識からその思考が湧けば「スマホがあなた」になります。スマホに誰かが話しかけたら「私」のことですか????という思考が意識から起こります、その時「スマホ=私」になります。たまたま「体が私」という思考が意識から起こるから、、我々は普通にそういう生活をしているのです。タマタマ、たまたま、偶然にもそのような生活をしています。

確認する

これは常に偶然なんです。あなたが街で友人を見かけます。友人に話しかけます。話しかけられた友人がタマタマ、偶然にも、奇跡的に「私は話しかけられた」という思考が意識から起こったので「会話」が始まるのです。これは奇跡なんです。意識からこのような思考が起こらなかったら、、、、、、、、、1万回あなたが友人に話しかけても「無駄」です。回答が起こりません。100パーセントの確率でその反応が起こらないのです。奇跡的に、タマタマ、偶然にも、、、「友人の意識」から「私は話しかけられた」という思考が起こったので、、会話が起こるのです。これが真実です。これが事実です。このことが分かることが「悟り」です。

意識を常に意識する生活

自然に

真実のメッセージに触れていきますと、、、意識に意識する生活に変わっていきます。本当に意識しかないんだという実感が現れてきます。意識が体の中にあるんじゃなくて、意識が体なんだ、、意識が世界なんだという実感が生まれてくるのです。意識がないところに何もない。。。この実感が起こります。この実感が起こるようになりますと退屈とは真逆の世界が広がっていきます。退屈とは思考が生み出したものだったんだと後から気づきます。

なんとかしなきゃ

会社のために全身全霊を注がないと、、、だってこの会社が潰れちゃったら大変だ。。。。。。勘弁してください、その会社が今存在できているのはあなたの意識のお陰です。もしも意識が他に移ればその瞬間その会社は消えます。だって実際会社のことをすっかり忘れてしまったらその会社があなたの世界に入り込むことは不可能です。行きつけのバーもすっかりあなたが忘れてしまったら、、、もうあなたの世界には入ってこれないのです。意識が全てを作り出している決定的証拠です。

何者かでなくてはならない

固定観念

我々は生まれてから直ぐに「何ものかでなくてはならない」という固定観念を植え付けられます。「仮面ライダー」に憧れ「ウルトラマン」「ルフィー」、、、、時代は変われど常に人は何者かになろうとします。我々はこの世界の「何者か」でなくてはならないという固定観念です。ですが真実では全く違います。この世界の生みの親がこの「意識」です。今もありありとここにある意識がこの世界の生みの親です。この意識が無ければ世界は一瞬で消えます。その証拠に熟睡中は世界が消えています。

では?????

では我々は何者かにならなくていいんですね?????何者かになるも何も、、、、その何者かも意識の子供です。そして意識は今もここに最初からあって何者かである必要が全くありません。何者かになることに成功したとて意識は何も変わらずここに存在します。意識の価値はこの私が何であろうと何も変わらないのです。意識は普遍です。その意識の中にあらゆる状況が変化して起こるの見です。

ならば

もうこの体の中に収まっているという勘違いは終わりましょう。意識と意志はこの体の中になんて収まるわけがないのです。この意識の中に全世界がすっぽりと収まっています。ですからこの物理空間は嘘です。この物理空間は意識のない場所には存在できないのです。地球の裏側????意識の及ばない場所には何も存在できません。

いつからか

意識が体に収納される

生まれて直ぐに母親から「太郎くん」と呼ばれ続けた意識は「この体の中に私は居るのだ」という勘違いを意識自体が起こします。意識の思考活動がそうさせます。小学校に上がる頃にはすっかりと意識=体になるのです。この意識は体の中に収納されているという勘違いが起こります。本当は見える世界自体が意識に収納されているのです。至福(意識)が体の中に収まってしまった瞬間です。

苦しい

意識が体の中に収まってしまったという勘違いは分離感を生み出します。これが苦しみとなります。この苦しみを解消したいから、、あらゆる人間活動が起こるのです。「意識、意志」が活動を始めます。世界の中で何とか生き抜いていかなければならないという活動です。ですが全てはこの「意識と意志」の中での活動です。

達成感

あの高校にさえ入学できれば、、、必死に必死に勉強します。耐え抜いて耐え抜いて勉強します。そして見事達成、、その瞬間頑張ってきた「自分」が抜け落ちて「意識+意志」だけの状態に。世界=意識+意志の状態に戻った時「至福+愛」を感じます。感じますというよりも至福と愛になるのです。これを思い出すのです。ん?????なんだこれ?????そうかこんな感覚昔もあったような・・・・

至福と愛

間違いない、、昔はいつもこんな感じだった。何かの間違いで今は苦しいけど、、、そうじゃない、、、、これが普通だった頃が確実にあった。。。。そうです。ここで思い出しちゃうんです。この「現実」と呼ばれる世界での細やかな幸福と呼ばれる「フェイク」じゃない至福があったのです。間違いなくそれは元々あってそれを達成という機会で思い出すのです。

意識は体の中に収まっていない

真実をお伝えします。この意識は体の中には収まっていません。体の中に意識が収まっていたら体以外が瞬時に消えてしまいます。体を除いた世界の全てが一瞬で消去されます。そうです。この世界は意識でできています。だから意識がこの体の中に収まるわけがないのです。お酒を飲んだ時人はそれを微かに経験します。世界と私の境界線が崩れます。意識の中に世界が包まれている感覚に戻るのです。

究極

意識が世界を生み出しているならば「意識=創造主」とも言えます。「意識=神」と言っても良いでしょう。その通りです。神は意識として常に常にありありとここに健在していたのです。ではもっと先に進みます。この「意識=神」がなぜ気づかれているのでしょうか???なぜ????なぜ今意識が在ることを断言できるのですか????それは意識が何者かによって気づかれているからです。そうです。それが「真我=気づき」です。これが意識の生みの親、、我々の正体です。親玉です。この親玉の存在に気づいた時、、意識=神の存在もはっきりと思い出され、、、、意識=神が救済されます。マインドの嘘から救済されるのです。

問題

問題とは何か???

この時空間は存在しません。この物理空間は存在できません。ですからこの時空間で起こっている問題というのは存在できません。大前提が存在しないからです。だとしても我々は確実に問題によって苦しんでいます。これはどうなっているんですか????物理空間が嘘なら苦しみはなぜ起こるのですか????回答します。思考です。思考だけが起こっているのです。その思考が苦しみを生み出しています。ですからその思考が消えれば苦しみも消えます。

電気代金

この物理空間が存在しなくても「電気代の請求書」は100%今ここに存在します。それで何の解決になりますか???電気代の請求書も「思考」が今作り出したのです。時空間が無いのですからそれしかあり得ないのです。そして払わなきゃ電気が止められる、、という思考が起こり苦しんでいます。これが事実です。そして事実として実際に払わなければ電気は止められます。それも事実です。一番重要なこと、それは思考以外に苦しみを生み出す方法がないということです。

電気が止められて

電気が実際に止まったとしましょう。1000人居れば1000人のリアクションが起こります。死にたくなる、気にならない、まあ辛い、ちょっと恥ずかしい、もう心臓の鼓動が止まらない、、、、、1000者1000様のリアクションが起こります。これが思考です。思考以外に感情を生み出す方法がないのです。どうせ思考なのだから動揺しないようにしよう!!!!!ではありません。思考が苦しみを生み出しているのだ、、、この自覚が重要なのです。その時湧いてくる、「どうしよう」「こうしよう」「大変だ」「親に相談しなきゃ」が起こった時、、、、「そうか、俺はこれで苦しんでいたんだな」という気づきが起こります。これが悟りです。湧いてくる思考によって苦しんでいたという事実の「発見者」になるのです。

発見者

事実の発見者はどこに存在するのでしょうか?????電気代を払わないといけない「私」は当然この物理空間、時空間に存在します。ですがこの「苦しみ」を生み出す現場の発見者はどこに居るのか???それはこの幻想物理空間の外です。外からこの幻想物理空間で「苦しみ」が思考によって創り出される様を見るのです。その時本当の私である発見者の存在に意識が及びます。発見者として幻想の外の私が発見されます。その瞬間「電気代金を払わないといけない私」が消えるのです。電気代金は払わなくてはいけない、ですが本当の私はその幻想の外に存在しその事実に気づいています。電気代金を払わないといけない私は思考が作り出した嘘の私です。アイデンティティだけの私です。

マニュアル

大好き

世間ではマニュアルが好まれます。私にマニュアルを教えてください、そうすれば私はそのマニュアルを完璧にやり遂げます。その代わり結果(現金)をくれますよね????です。真面目にマニュアル通りにやりますから生きれるばかりの結果(お金)をください。これが本音です。我々は幼少期から言われたことを正確にやれるか否かでジャッジを受け続け、、マニュアル人間化していきます。ですが我々の本当の正体は「創造主」です。「マニュアルをやりますから生かしてください」と媚を売るようなちっぽけな存在ではないのです。

ちっぽけな存在

ちっぽけな存在である私が居ます。マニュアル通りにやりますから教えてください、と嘆くちっぽけな存在である私が存在します。ではその存在は誰によって存在を認識されているんですか????「私」でしょ。。。。。違います。私の存在に私は絶対に気づくことができないのです。私の存在に気づけるのは私という存在とは別次元の大きな存在以外にありません。マリオの存在に気づけるのはマリオの次元ではない画面の外のプレイヤーのみです。マリオ、ノコノコ、クッパ、ピーチ姫の存在に気づけるのは画面の外のプレイヤーです。

そうか!!!!

この突然の気づきが起こった時、、、恐怖心が消えていきます。もう頑張ってマリノの保全に全力を尽くさなくてもいい。。。。こうなります。マリオは大きな私によって認識されてきたに過ぎなかった。。。この安心感は半端ないものです。人生史上ここまでの安心感はありません。宝くじで3億円、、、、、、いやいや震災がくれば一発で消えます。離婚すれば一発で安心が消えます。病気になれば、、、一発で安心が消えます。つまりこの次元の中で、この幻想物理空間の中で安心はないのです。

マニュアルなんてクソ喰らえ

もう私がこの幻想物理空間に存在していないと気づいた時「マニュアルなんてクソ喰らえ」という感情が起こります。満員電車??????冗談じゃない。。。。嫁の実家への顔出し?????勘弁してくれ。。。。です。つまりもうこの体をこの私を守らなくてならない、、、、という強迫観念が消えます。マニュアルとは強迫観念を持った人間が欲する保守アイテムだと気づきます。過剰な気遣い????それも消えます。なぜそこまでして人間付き合いをしなくてならないのか????やってられるか、、、です。

宇宙人同士の会話

7感覚以外が無いことを自覚した会話

宇宙人同士はどうやって会話するのでしょうか???存在が既にこの幻想時空間の中には存在していないと自覚している時、、、幻想内での会話は「アバター」という自覚の中で行われます。「私はここには居ない」という自覚の中でアバターを通じて会話が起こるのです。ですからアバターが死んでも誰も悲しくはないのです。アバターが消えようとアバターの大元には何もダメージがありません。

幻想時空間

既に時空間が存在できないことを分かっています。だからこの体も実在しないことが分かっています。この体が実在しないことを自覚できている時、、あらゆる制限の嘘にも気づきます。「三食しっかり食べなくては」「他所様から後ろ指を刺されるような生き方をしてはいけない」「ご先祖さまに毎日感謝を」あらゆる嘘に気づきます。この土地を絶対に守らなくては。。。。はて????時空間自体が存在しないのに。。。。

会話

こういったことを理解し始めますと、、普段の会話にも影響を与え味めます。ですがそこにはかつての緊張がありません。「やらなくてはいけない連盟」にはもう加入していませんから。「絶対安心に生きなくては連盟」にも解約手続きが終わっています。ですから人間関係から重さが消えていきます。そしてあなたの残された固定観念が相手を通じて現れてくるでしょう。ですがそのことにも気づいています。

非人間

人に非ず

我々の本質は「人」ではありません。人間ではありません。HUMAN BEINGという言葉があります。HUMANは人間、BEINGは存在です。人間という存在???ではありません。存在のアバターが人間であるということです。存在が実在です。人間はアバターです。この幻想時空間に現れでたアバターが人間です。存在は不滅です。人間というアバターは一時的です。我々は絶対に消滅しない存在です。消滅というのは幻想時空間での出来事でありそれを生み出すのが存在です。幻想時空間を生み出す側が幻想時空間で消滅???あり得ないのです。

スーパーマリオ

スーパーマリオというゲームカセットがマリオのゲーム中に消滅??????あり得ません。これ意味分かりますよね????カセットはゲーム中に消えたりはしません。マリオは死んで消滅します。ですがカセットはゲームという時空間の中で消えはしません。我々はカセットです。存在はカセットです、だから死ねないのです。死ねるのは幻想時空間というゲーム内での出来事です。

何のため????

で????何のためにこのゲームはあるんですか????なぜこのゲームは展開されるんですか???この世界が幻想に過ぎないのならばなぜこんな幻想が存在しなくてはならないのですか????それは存在が自身が無限の存在であることを証明するためです。自身が無限であることを自覚するためです。そしてその自覚は既に最初から終わっています。時空間自体を存在が生み出すのですから時間はないのです。存在の中に無限である自覚が既に含まれていてその自覚の証明が今ここで展開されているのです。

時間は幻想によって生み出されるもの

存在を時間の概念で考えても無駄です。存在は時間を超えています。時間が存在によって生み出されるのです。ですから存在を時間の中の概念で考察しても無駄です。無限であるという自覚が最初にあってその無限の証明がこの時空間の中で行われているのです。だからこの人生ゲームの撮影は既に撮り終わっています。この人生ゲームの録画は既に済んでいるのです。

済んでいるなら

済んでいるなら、、、、、、何を頑張っても無駄ですよね???何を努力する必要があるんですか????事実をハッキリとお伝えしますね。自我には何一つ決定権が最初からないのです。ですから「頑張る」「頑張らない」を決める力など最初からないのです。その力があると勘違いする動きが自我です。ですから頑張ろうと頑張らまいと放っておけばいいのです。

この世界に存在しないことがなぜ可能なのか???

この世界の中で

この世界が先ず存在しません。実在しません。実在してしまったら世界が無限に広がらなくてはならずそれは不可能です。時間も存在しません。時間というものが実在するには「時間」が始まる以前が必要になります。つまり過去に遡っても終わりがないのです。時空間は存在できないのです。ですからこの時空間は確実に幻想です。その幻想を「知っている」にはこの幻想の中の幻想には不可能です。ですから本当の私は「この幻想時空間」の外に存在するのです。

本当の私=真我

本当の私=真我は絶対にこの幻想時空間ではありません。時空間の中の存在はこの幻想時空間には気づけないのです。ですから今もこうして時空間に気づく、、その気づきが「真我」です。そしてこの時空間が現れると同時に「意識と意志」が発生しています。この意識と意志がこの幻想時空間の正体です。今この幻想時空間に確実に気づき、、さらに意識と意志の存在にも気づいています。これが真我です。だから我々は最初から真我です。真我実現とはこれです。