自我

どこに存在している???

この時空間は完全に幻想です。思い込みです。この時空間は存在しません。ですから自我も存在しません。なぜならば存在する時空間が存在しないのですから。困ったことになりました。自我は存在できないのです、どこにも。では????なぜ悟りの関する書物の中に「自我」の存在が必ず出てくるのか???なぜエゴというパワーワードは存在するのでしょうか???だって存在するためのこの体もスペースも最初から存在していないのです。

回答

つまり自我とは思考感覚です。感覚です。五感という感覚があって思考という感覚があります。その一つです。だから自我を体の中に探しに行っても見つかりません。体自体が存在しないのですから。空間にも存在しません、時間の中にも、、、時空間自体が存在しないのです。空間という思考感覚、時間という思考感覚、自我という思考感覚だけが存在します。ただそれだけです。

だから

だから覚者は「自我を消せ」とは言いませんね。自我が消えるという言い方をします。自我という思考感覚が起こらなくなった状態が無我です。花火という思考感覚が消えたら世界から花火も消えます。花火というのは思考感覚です。自我という思考感覚はどうやったら消えるの???それは真実に目覚めることです。「この体の中の自分」という思考感覚が起こる以前に、、体自体が存在していないことに気づくのです。その時、自我という思考感覚も消えます。

何千通り

職業

何千通りの職業の中から「たった一つ」の職業を吟味して吟味して決めた人はいないでしょう。何万社という会社の中から吟味して吟味して会社を選んだ人もまた皆無です。ただなんとなくこの業界でただなんとなくこの希望で、ただなんとなくこの会社、、、という選択が起こっていきます。この意志が起こるのです。なぜならば我々の正体は意志だからです。正体が意志だからなんとなく決まっていくのです。

意志

ハワイに旅行に行くとしましょう。何千種類の選択肢の中から最終的には確実に次々に選択が決まっていきます。なぜですか????それは我々の正体が「意志」だからです。我々の正体が意志だから必ず何かの選択が起こり何千種類の中の何かが経験されていきます。このことを多くの方は無自覚です。正体が意志だから何かが決まっていくのです。

でも引きこもりは

では引きこもりはなぜ起こるのですか???それは意志が引きこもるという意志を決めたのです。ですから何でもいいのです。何でもいいというよりも何かが決められてしまうのです。意志によって何かが動きます。これを人類90億人が全員やらされています。これを何兆という生物がやっています。「意識+意志」が次から次へと動きます。ただそれだけです。そしてそれに気づく気づきが本当の私、真我です。

五感=陰陽五行=世界

世界とは五感だった

世界は存在しません。空間がないのだから。時間もないのだから。空間も時間もないのにどうやって世界は存在できるのでしょうか?????でも紛れもなく五感があります。五感は世界が無くたって存在します。だから世界とはそのまま五感だったんです。そしてこの五感が止まることもありません。五感が突然消え落ちることもない、、世界=五感=陰陽五行です。

陰陽五行

陰陽五行という東洋医学では五行は内臓を指していません。五行とは機能のことです。五行のホログラムが内蔵です。腎がホログラムされて腎臓になります。脾がホログラムされて胃になります。肝がホログラムされて肝臓になります。五行が整えばそのまま世界が変わります、そのホログラムで内蔵も変わります。世界と内蔵をセットで変えるのが東洋医学です。

こねくり回す思考

世界とは五感であり五感とは世界のことです。その世界を思考がこねくり回しています。思考がこの世界をズタズタに引き裂いています。ですが思考が悪いのではありません。五感が作り出した世界を思考が「編集」しています。編集のし過ぎで「事実」が完全に忘れ去られ事実とは全く異なった信念が生まれたのです。それが固定観念=催眠です。

事実を思い出すだけ

だから我々がやることは事実を思い出すだけです。事実を忘れて五感が作り出す世界を思考がこねくり回しているのですから。今もこうやって五感とは別個に世界が存在すると信じています。違います。五感しかないのです。五感が間違いなく100パーセント存在するから世界も存在すると確信しているだけです。違うんです。そては思考が五感を利用してファンタジーを作っています。それを見抜くのです。

霊とかオーラとか

何でも起こる

霊が怖い、オーラが気になる、チャクラの活性化、過去世は何???一番効果的なマントラは???この世界は意識と意志で構成される世界です。意識と意志が原料ですから何でも起こります。なんでもです。何が起こってもいいのです。ですがその全ての原料は「意識+意志」です。ですから愛と調和で全てが構成されています。そのことが分かってしまうと何が起こってもオールOKになります。これを思考だけで分かっていてもオールOKにはなりません。

愛と調和

愛と調和が原料で、なぜ今この世界はこれほどに混沌としているのか???皆苦しんでいる、、、、何が愛と調和だ、、、綺麗事はいい加減にしろ!!!!ですよね。本当にそうです。信じられないというか完全に愛と調和とは乖離した世界です。ですがその乖離を生んだのは「マインド」のみ。マインドが消えれば一瞬でここは愛と調和の世界に戻ります。だから残念ですがそれでもここは愛と調和だけなんです。

マインドは消えやしない

そうか、マインドか!!!でもマインドは絶対に消えないし消えたら社会生活が送れない、、、だからどうしろと?????頭を岩にぶつけて記憶を消せと??????違います。マインドも愛と調和で出来ているのです。原料は全て愛と調和です。その愛と調和の動きが「思考」「マインド」です。この事実をスッカリと忘れてしまったから「変なマインド」が愛と調和の中で起こり今があるのです。「変なマインド」とはつまり真実を忘れてしまったマインドです。

逆に難しい

完璧な宇宙で

ここは完璧な世界です。問答無用で完璧なのです。で、、その完璧な世界で「苦しむ」というのは非常に難しいものです。完璧にも関わらず「苦しむ」ってマジで難しいことです。ではどうしたら苦しむことができるのか????それは「完璧にも関わらずそれを忘れ不完璧と信じ込み、もっとこうやった方がいいのでは、、と思い煩う」しか方法はありません。もっとこうやればいいのに、もっとこうやった方がいいいのに、もっと、、、もっと、、、もっと。。。

つまり

勘違い以外に方法がないのです。全ては完全完璧自動運転の森羅万象の動きに、、、不完璧は存在しません。ですから今世界情勢を見ても、、混乱しかないように写りますが、、それが森羅万象の動きなのですから完璧すぎるぐらいに完璧なのです。その完璧なシステムの中で完璧に不平不満が起こるシステムが構築されたのです。勘違いという完璧な思考が起こり完璧に不平不満が起こっています。

自由意志はない

ここが腑に落ちてしまえば全ての観念が崩壊し、崩れ去っていきます。その時苦しみたいけど苦しめない、、という状態になります。行為者を卒業し観察者になります。そしてその観察者も最後には吸収されて居なくなります。森羅万象そのものになるのです。

意識の許可なく

自分さえも

今ここに存在する意識、この意識の許可なく自分は存在できません。今私は存在するのだと思うことができるのは、意識の許可が下りたからです。意識の許可なく「自分は存在するのだ」という思考すら起こり得ないのです。全ては意識の支配下にあります。友人があなたの前に登場します。それも全てあなたの意識の範疇以外で起こりません。意識の中に友人が現れたのです。意識の外に友人は登場さえできません。「友人」という知覚も意識が変容し起こります。

だから何だ???

だから何なんですか???それで何が起こるんですか??それで私に何かメリットあるんですか????その質問が起こる時点で分かっていないのです。意識の中に全ての質問が起こっているという自覚が起こった時、全てが解放されています。もうあの窮屈な感覚が消えています。自我という檻から解放されているのです。その感覚が起こっていないから「だから何なん???」という質問が起こるのです。

全てが奇跡

意識の中でしか全ては起こり得ないという気づきに至った時、全てが奇跡であることに気づきます。全てです、全てが奇跡なんです。時間という感覚、空間という感覚、何もかもが奇跡です。あなたの意識の許可なく時間という感覚すら起こることができないのです。ですが起こるんです、空間という感覚も今まで起こってきたのです。それが奇跡です。全てが「意識」によって起こされてきたという真実に目覚めますと自我も愛せます。時間も愛せます。感情の全てを愛せます。

全ては幻想?

何回聞いても

全ては幻想なんです。これも何回も何回も聞く言葉です。悟り系の定番中の定番です。そして何回聞いたところで、、、、という話です。これも意識の観点から説明すれば簡単です。今あなたは100%意識があることを実感しています。100パーセントです。間違いなく意識があることは分かっています。では????ここにあるコップが100%存在していることを実感できていますか???「できています」あなたはそう思いますよね、間違いなくそう思います。ですがもしもコップという言葉を完全に忘れてしまった時「コップが在る」と思うことができなくなります。あれ、これ何だっけ????一生涯コップという記憶が消えてしまった時あなたの世界にコップは存在しなくなるのです。

つまり

つまり完全記憶喪失になってしまった人にはその日から「コップ」も「パソコン」も「目玉焼きハンバーグ」も何もかも存在しないのです。本当はあるんだけど、、、、じゃないんです。もうないのです。存在できないのです。ですが完全記憶喪失になっても「意識」これだけは確実に感じます。「いしき」という言葉を忘れようが「〇〇」と感じています。「〇〇」のことを意識と読んでいるだけで意識という言葉が指し示す「〇〇」は存在するのです。だから全ては幻想なのです。意識の中に浮かび上がる全ては幻想と言っていいのです。記憶が飛んでしまったら最後、何も無くなってしまうのですから。

もっと攻め込む

ではもっともっと攻め込みます。記憶喪失になった瞬間に「私」も消えます。完全にもう私など忘れてしまいます。私という存在のことなどもう思い出すこともできません。つまり「私」はもうないのです。だから「私」も幻想です。あなたも幻想です。彼も幻想です。全部幻想です。残ったのは「意識」という言葉が指し示す「〇〇」だけです。それは残ります。そしてそのことに気づく存在こそが「真我」と呼ばれるものです。

既に悟っているんですよ?

どういうこと??

悟り系の名文句「あなたは既に悟っている」これキツイんですよね。。この言葉半端なくダメージあります。だって全く実感できないから。ですがこれを意識の観点から説明すると簡単です。全ては意識です。今あなたは意識をありありと100%「実感」していますよね??もしここで実感していないとしたらこの理屈は通用しません。ですが私はハッキリと断言します。あなたは確実に「意識」に気づいています。意識が存在することだけは気づいています。

では

本題に入ります。意識なくしてコップに気づきますか??意識なくして昨日の会話に気づきますか??意識なくして未来を憂うことはできますか??意識なくしてラーメンの味を感じることはできますか???絶対に絶対にできませんね。それを実感してください。100%実感してください。なぜ意識なくして全てに気づくことができないか???なぜならば全てが意識だからです。五感が意識です。経験が意識です。思考感情が意識だからです。だから意識が一瞬でも潰えることがないのです。意識に入れ替わって何かを感じることが不可能なのです。朝から寝るまで意識に「途切れ」がないのは全てが意識だからです。

分かってきましたか???

なんとなく分かってきましたか????俺って存在しているよね???という思考も意識です。俺って絶対存在してるよね???という思考も意識です。意識以外を探しても何も見つかりはしないのです。つまり全部が意識です。私も意識です。この今ありありと存在する意識こそが「私」という思考を生み出すのです。あなたは既に悟っているというのは「全てが意識だった」という気づきの後に起こります。私が意識の再吸収されます。その時、、、全ては意識であり、、それを『かつての「私」が所有している』という勘違いの思考(意識)が起こっていたに過ぎないことに気づきます。

これで

今この瞬間意識以外の存在が「全て」消えました。「いやいや生活のために俺は働かないと」という思考が意識の現れで起こります。何言ってんだ家族を養っているのは俺だぞ、という思考が意識の現れとして起こります。意識意識って現実はそんな簡単じゃない、という思考が意識の現れとして起こります。やっぱり意識しか存在しないのです。今もあなたはその意識を100パーセント実感しているはずです。

恋愛依存

なぜ???

恋愛依存傾向にある人は何をしているのか???恋愛中は何が起こっているのか???簡単です。その期間関心が「自分」から「相手」にシフトしているのです。その人のことで頭が「いっぱい」になることで自分を忘れ苦しみから解放されているのです。「頭がお花畑になっちゃった」状態です。自分が存在しないのです。だから人はいつも恋愛をしていたいのです。

ですが

恋愛依存は相手に夢中になれなくなった時、苦しみが襲ってきます。イライラします。そのイライラを相手にぶつけます。相手は怒り返して素を出します。理想のイメージが崩壊し現実に引き戻されるというオチです。これを何度も続けます。次の王子様は誰???です。こうして次々に王子様探しに奔走するのです。何をしたいのか???王子様を妄想し自分を忘れたいのです。

だから

つまり妄想を抱かしてくれる人を探しているのです。この人王子様かも????という妄想を欲しているのが事実です。欲しいのは人間ではなくて妄想を起こしてくれるツールなのです。ですがその妄想は妄想で居続けることなどできず、、「現実」に引きもどされていくのです。ですが真実ではその現実は嘘の現実であってそれこそが苦しみの大元なのです。嘘の現実を信じ、自身を忘れさせてくれる妄想を探しているのです。その現実は意識が変容した地獄です。

意識が遊び始める

時計

意識が体から飛び出ますと意識が世界で遊び始めます。時計を見ればいつもゾロ目、なぜかお金が入ってくる、周囲から好感を持たれる、起こったトラブルが「自身の課題解決」になってしまう。。シンクロと呼ばれる状態が次々に起こります。世界を敵だと思っていたら世界は味方、、いやいや自分だった、、、という気づきです。「無理」という状態が消えていきます。本当はこれを言ってやりたい、でも言ってしまったら自分が後で大変になる、、、、、という皮算用が消えます。だって世界はこの意識なのですから。なんだって手に入るのです。

手放すことを恐れない

手放すことに執着が消えます。何度でもなんだって手に入ります。なぜならば全ては「この」意識です。今確実に存在するこの「意識」が世界だったんです。意識が世界を通じて遊んできます。もうそろそろ現実という嘘は辞めて自分と遊ぼうぜ!!!!というメッセージです。何を恐れることがあるのでしょうか???恐れることがあるとすればこの事実を忘れることだけです。