今の幸福度は、、今の五感力

幼稚園児

幼稚園児は、、、箸が倒れただけで笑います、、これは何が起きているのでしょうか????五感力です、、、彼ら彼女らの感じている全てが大人とは全く違うのです、、、視界に起きた、、箸が倒れるという動きが、、、スーパー立体映像で起こり、、それがたた面白いのです、、、全く違う世界を幼稚園児は見ています、、、大人がどんなに解釈を変えて幼児になった気分でそれを見ても、、、同じような感覚で笑うことは不可能です。

五感力の向上

大人になって衰えたこの五感力を高めるにはどうしたらよいのでしょうか????そのためにヨガ、ストレッチ、マッサージがあります、、、あらゆるツールを駆使して体を鋭敏に戻していきます、、東洋医学では、、これを経絡で考え、、、経絡を解放していきます、、、幼稚園児ぐらいの柔軟さに戻った時に、、大人は箸が倒れただけで笑うのです、、、この状態が悟りです。

五感を舐めてはいけない

五感が全てです、、我々は五感を使った体験しかできません、、、この五感での体験が退屈になった時に、、人は六感である思考を使って思考で遊びます、、、ですが思考が作り出したお遊びは、、、お遊びに過ぎず、、そこには真実に直接触れるという醍醐味がないのです、、、六感に逃げずに、、、五感を充実させるのです、、五感の充実が、、、、虚しさを消滅し、、虚しさの究極の対局である、、悟りが待っています。悟りとは大満足のことであり、、、大満足とは、、今この場所に居るだけで、、、起こるということです。今この場所が大満足でない時、、五感を磨くのが全てです。

子供の感覚に戻す

この体の緊張を子供時代に戻す

借金1億円の請求書が突然届いたとしましょう、、この請求書を読みながら、、、カレーを美味しく食べれる人は皆無です、、、、なぜか緊張で味覚を感じれないからです。。。子供はナチュラルに体が緩んでいますから、、感覚が敏感です、、、、大人はナチュラルに体が硬いので、、、、感覚が鈍っています、、、大人になるとは体を緊張させて感度を落とし、、それで生きています、、緊張で感度を落とすことで、、、幸福感を減らす代わりに、、、、生き抜くという作戦をとっています。

悟りとは絶対幸福

悟りとは絶対幸福ですから、、、全ての現象をありのままに感じるということです、、、感覚を最大限開ききることです、、、風も太陽の光も、気温も、、全部が全部感じ切った時に、、、絶対幸福が訪れます、、、光の中に光を感じ、、音の中に静寂を感じ、、会話の中に愛おしさを感じ、、と全感覚に生命を感じるようになるのです、、、、ですから体を緩み切るように促します、、、便宜上硬くして大人活動をしていた体に、柔軟性を与え、、そこからくる力強さでいきるのです。硬直ではなく弛緩からくる強度を作るのです。

子供の柔軟性で、、強く生きる

悟りとは子供のような柔軟性で、、強く生きることです、、、、子供のような感受性のまま強く生きます、、自我という硬直したエネルギーではなく、、、、柔軟なエネルギーで強く生きるのです、、、、幸福を生きるために犠牲にするという方法ではなく、、、徹底的に幸福になって強く生きるのです。筋肉を子供のように柔らかくすることで、、、、柔らかさからくる強さを手に入れた時、、、悟りの体になります。

体で覚醒する

体だけが真実を知っている

この幻想の世界の中で唯一真実に触れることができるのが、、からだです、、、体だけがこの真実を掴むことができます、、この世界は幻想の世界ですから、、、そこで起こる現象には実は意味がありません。。。無限の現象が起きるだけです、、、意味はないのですが、、、この無限の現象をただ感じているだけで本当は我々は至福に居るはずなのです、、、目の前に至福(現象)が揺れ動いているのですから、、、ですがなぜかこれが退屈に感じる、、、なぜ????五感が鈍っているのです。

五感が鈍ると、、、

五感が鈍ると、、、真実に触れているようで触れていない状態になります、、、借金1億円をしてしまった、、、その時にコーヒーを美味しいと思えるか????恐らく頭は思考でグルグルになり、、全く味を感じれないはずです、、、これが人生においてなっているのです。。。思考に乗っ取られ、、五感が全く働かない状態に陥っているのです。

五感を覚醒させる

五感を覚醒させていきますと、、、ただそこに居るだけで気持ちが良い、、、が起きます、、、なぜならば感じているからです、、真実を、、、そこを追求します、、、、思考という刺激物に頼らなくなります、、、思考よりも、、より体を覚醒しようという動きが起きます、、、ヨガ、ストレッチ、水泳、、、なんでもいいのですが五感を開いていきます、、、そして本当に開ききったと時に、、、思考という罠、マジック、妄想が邪魔になってきます、、その先の真実に触れたくなります、、、これが悟りへの誘いです。

悟りに興味がでる

悟りに興味が出るのは、、、、感じているからです、、真実を、、、真実を感じているから、、、もっと真実を知りたいが起きるのです、、、この衝動は、、、真実に触れていないと起きません、、、真実が誘ってくるのです、、、ここに真実があると、、、ここで思考を使ってもダメです、、、思考とは真実を隠すものだからです、、、思考に入らずに、、、体をより覚醒させていくのです、、、感じる力をマックスにしていきます。

体から入る

五感力

五感力とは何か???五感の感度です、、、この感度が落ちますと、、、、この幻想の世界での体験が薄まります、、、この幻想の世界では、、、体験しか、、真実に触れる方法はありません、、、ですから、、、この五感の鈍りとは、、、真実の軽薄、、、真実の虚脱のことなのです、、、真実が虚してしまった世界、、、それがこの世界を苦しみの世界に閉じ込めます。

歳を取ると

歳を重ねますと、、五感が鈍ってきます、、つまりこれはこの世界から真実が消え去ることと同じです、、、真実との接点が減るのです、、、真実はいつでも今目の前にあります、、、ですがこの真実に触れることができなくなります。真実はここにあるのです、、ここに触れるには五感を開く以外にありません。六感である脳は、、思考を作り出します、、、我々は思考を生み出し、、、思考の中で体感するという能力を生み出しました、、ですがこの中の体験は五感が働かず、、満足になりません。

昨日一日中思考して大満足だった、、、

こんな話を聞いたことがありません、、、思考だけして大満足にはならないのです、、、思考はあくまで刺激、妄想のみ、、、これは満足とはほど遠いのです、、、満足は真実に触れた時のみに起こるのです、、悟りとは大満足の世界、、それは真実そのものと常に触れるからです、、思考という刺激物に頼らない生き方ということになります、、思考はいつでも誘います、、思考の世界に、、、そこに乗らない、、、インスタントな快楽に乗らない、、、これが重要です。

思考では解決はない

人類の歴史が証明している

こう考えれば、、、人生が楽になる、、、という正解があるならば、、、学校の教科書にそれは載るでしょう、、国連の第一条にそれが載るはずです、、、、ですがそんなものはない、、、ノーベル賞受賞者という視座の高さをもってしても、、、、幸福になる方法を人類は発見できていないのです。。。。なぜか?????思考そのものが、、、、虚しさを作り出す真犯人だからです。

言葉を強制的に覚えさせられた、、、

人類を発展させた立役者、、言葉、、、この言葉こそが、、、、人類を同時に虚しい世界に閉じ込めたのです、、、先進国とは、、、言葉で文化を発展させた国ですから、、、虚しいのです、、、、どこまでも虚しいのです、、、、言葉は想像、、虚構の世界を作り出すのです、、、、ここは虚しい世界なのです、、、

体の感度を高める

体の感度を高めますと、、、体験というこの世界唯一の現実、真実を感じることができます、、幻のこの世界で唯一の真実、、それが「感じる」です、、、これ以外は全嘘です、、、この感じるが増えていきます、、感じる密度が上がります、、、感じるが思考を超えます、、、感じる時間が増えます、、、、すると虚ではなく実が増えます、、実(真実)が増えていきます、、、充実が増えます、、、、最後は充実そのものになります。

なぜ独り言を言うのか???

楽しいから

なぜ人は独り言、考え事、思惑の世界に入り込むのか????楽しいからです、、、思考の世界、虚の世界を作り出し、、、幻想にふけるのです、、、擬似体験です、、、動く必要なしに、、、擬似体験を楽しんでいるのです、、面倒だから、、、思考して楽しんでいるのです、、、全員が思考中毒というドラッグ中毒になっています、、、、

思考は思考で価値がある

思考は思考で疑似体験を想像できます、、、ですがここには五感を使った体験がないので、、、真実に触れることができません、、、、思考により疑似体験は真実に触れる機会がないのです、、、ゆえに、、楽しくても満足感がありません、、、楽しくても充実感がないのです、、、

体の感度を高めて、、自然と体感にシフトする

思考中毒者の特徴は体が閉じているということです、、、体が閉じているから、、、体験が楽しくない、、充実感がない、、、だから思考に逃げます、、、、体感を楽しめない体にしてしまい、、、そのせいで思考に逃げます、、だからこそ無理くり体を開きます、、、体を開き切っていきます、、、つまりヨガ、ストレッチ、マッサージなどで、、感じるを永続させるのです、、、感じれば感じるほどに五感が開いていき、、、体験が勝手に楽しくなるのです、、感じるが楽しくなります、、、、即充実になります。

分かった

誰も彼もいない

全部が全部自動反応ということは、、、自己というものが完全に皆無な状態でただ何かが起き続けています、、、ただの反応ですからそこには何の意味もなく、、、海の中で何かドラマがあるように見えているだけ、、、魚が海藻を食べ、、その魚を大魚が食べ、、その大魚をアザラシが食べ、、、があったとしても本当はそこには名前はありませんから、、、そう見えているだけ、、、自己という存在無しに完全に動きがあるだけです、、そして厳密には動くというよりも、、、変化があるだけ、、、だから時間も全く存在しません。

自己という活動が起きている

自己意識という活動だけがあり、、、それ以外は何もありません、、、本当は強い意識という実在はありませんからそのような活動が幻想として起きます、、、真実は、、、ただ変化があるだけです、、、そして経験と、、、自己意志というのは本来一緒にはできませんから、、、、ただ感じる感覚だけが起こり続け、、ただ自分がいるという思考が起こり続けます、、、本当にこれだけが起きています。

私が居るという思考が起き続ける

何かを食べている時に、、、自分という存在を感じることはできません、、舌がスープに触れた瞬間、、味覚が広がります、、この時点では自分は居ない、、その後「私が食べた」という思考が湧く、、、ただそれだけ、、、本当は感じるという経験しか起きていない、、、この体は感じるマシーン、、そしてこの体は確実に幻想です、、、この体という幻想が、、、ただ感じるを起こし続ける、、、本当にそれだけです。

でも幸せ

自分が居ないならば、、、幸せになれないのでは???虚しいのでは?????大間違いです、、、自分が居るから虚しいのです、、、自分が居ないにも関わらず「居る」と思うから、虚構が生まれ、、、虚しい世界が誕生します。我々人類は言葉を発明したことで、、、想像という行為を覚え、、、想像=虚構を作り出したのです、、この世界の住人である虚構が生まれ、、、虚の世界、、、虚しい世界に住むことになったのです。

何をすればいいのか????

言葉が作り出した世界が、、虚構であることを完全に見抜くことです、、、言葉は虚構を作り出す道具に過ぎないことを見抜くことです、、、すると世界から深刻さが消えます、、、みんな深刻に深刻にこの世界を捉えていますが、、、この捉えるという思考の活動こそが虚しさの原因です、、、本当は真実しかここにはなく、、真実は静寂、生命、平和でしかありません、、、、この土台の上に今まさに言葉で作った虚構の世界をでっちあげ、、、虚しい虚しいと嘆いているのです。。。。

五感という充実

充実=五感

漢字とは非常に面白い、、、充実という言葉は、、、、、実が充ちた状態と書きます、、、なんという気づき、なんという答え、、、、、実とは何か???????実とは、、、真実、、、です、、、、虚の反対語、、、、、では虚とは何か?????虚とは、、、、、、真実ではないこと、、、真実ではないこと、、、この世界で真実とはたった一つしかありません、、、それは、、、、体の感覚だけです、、、もっといえば感覚だけです、、、これだけが真実です、、、残りは全て、、、虚です、、、、、、感覚=実、、、、五感=五実、、、となります、、、充実とは、、、、実が充ちることですから、、、、五感が充ちることです、、、、五感を使った経験を増やすと、、、充実します、、、、これが減ると、、、、虚しくなります、、、

なぜこんなことを言われたのか?????

なぜこんなことを言われてしまったのか????考えるのは時間の無駄です、、、虚の世界に入り込みます、、、擬似体験の世界です、、、五感で感じれない世界です、、、、時間の無駄、、、虚しくなります、、、あなたが言われた言葉は、、、その人から勝手にでてきた言葉です、、、それについておれこれ考えるのは時間お無駄、、虚に入ります、、、、ですがもっと俯瞰すれば、、、虚に入ること擬似体験をして楽しんでうるのですからそれも悪いことではない、、、、ですが本当は、、、より五感の世界に入った方が良い、、、体を健康にすると、、、五感を使った活動をし始めます、、、体は全部知っていますから。

健康になるだけで、、、

体が健康になりますと、、、五感を使った活動を勝手に体が起こします、、、五感を使った方が充実することは体は完璧に分かっています、、、ですから、、、ただ体を健康にするように導けばいいのです、、、悟りとは五感です、、究極の体感です、、、、ですから、、、、体を健康にして五感を完璧にし、、、、真実に多く触れ続け、、、本当の真実をありのままに感じることができた時に、、、目覚めます、、、、ありのままの真実を五感が感じることが悟りです。

真実を最初に知ってしまう

悟り本のメリットは真実を最初に言葉で知ってしまうということです、、、、真実はこうなっている、、、、それが分かれば、、、、あとはひたすらにこの現実でそれを発見していきます、、確認していきます、、、すると、、、思考、感情、行動に振り回されないことに気づきます、、、、健康になります、、悩めなくなります、、、五感を使った活動時間が増えていきます、、、この延長線上に本当の悟りがあります、、、真実を五感で感じるが起きるのです。

体は全部知っている

もしも体が全部知っているならば

「体は全部分かっているんです」そんなメッセージはスピ、ノンデュアリティ業界では多く聞かれる話です、、だとしたらなぜ今充実感が薄いのか???なぜ毎日が退屈なのか?????簡単です、、今の体、今の体のコンディション、、、、にとってベストな行動が取れているだけです、、、、?????え???今退屈だとしても完璧な体の行動が起こっているんですか?????その通りです、、、、今の体に寸分違わず完全な思考、行動が起きているのです。

行動を変えたければ体を変えればいい

簡単な話我々は完全に体に支配されているのですから、、、体が変われば全行動、全行動が変わるという当たり前の事実を受け入れればいいのです、、、、そしてこの体は完全に悟りの現れなのです、、悟りの現れの、、、行動、思考、、、ですから、、、体は全部分かっています、、、、この体の状態を物理的に改善していく、、体をリラックスさせていく、、、体を浄化させていく、、、、するとその体に見合った行動思考が湧いてくるわけです。

思うように行動できない、、、

今の体のレベルにおいて完璧な行動が起きています、、、恐怖のエネルギーが溜まっていれば、、、恐怖を感じないように小説や、映画、などのエンタメを楽しむようになっている。体が浄化されていれば、、、五感を使った現実内での楽しみを選ぶ、、、と、、、、全部が全部体のベスト行動が起きるのです、、、そして今その行動に満足を感じていないのならば、、、、体を浄化すればいい、、、それだけです、、、、

体が健康ならば、、、

体が健康ならば、、、体はTVゲームを選ばず、、、、体はこの現実世界で遊びを探します、、、、体は全部知っていますから、、、その体のレベルに見合った行動を選ぶのです、、、、行動を変えようとしても全くの無駄、、、体を変えてしまうのです、、、次の行動に見合った体を最初に手に入れてしまいます、、、、勿論その行動が起きるか起きないかは、、「自分」は関与できません。

虚という抜け道

現実は苦しいから、、、

現実は苦しいから、、AKBにハマる、韓国アイドルにハマる、、スポーツ観戦にハマる、映画にハマる、小説にハマる、、、、これは、、、虚に逃げる方法です、、、、虚に逃げ続ける方法です、、、擬似体験に逃げる方法です、、、虚とは、、、虚しい、、、、虚しいに逃げているのです、、、刺激的だから、、、安全だから、、、虚の世界は安全なのです、、、、安全だから虚に逃げる、、だが虚は、、、、虚しいのです。

恐れという感情を壊す

虚に逃げる一番大きなポイントは安全だからです、、、、映画、小説、ゲーム、ネットフリックス、、、全部安全の塊、、、その中で擬似体験をして、、、、経験を積む、、、、だかそこは五感という、、、、絶対的な経験が欠落している、、、、だからそこは虚の世界、、、虚の世界は虚しいのです、、、どこまでも、、、、ならば、、恐れの感情を、、、、シンプルに削除してしまう、、、体を徹底的に動かして、、、恐れという感情を、、、手放す、、成仏させる、、、、すると自然と、、、虚の世界ではなく、、、この現実(幻想)の世界で五感を使った体験を始めます。

東洋医学では、、、

東洋医学では恐れの感情は腎膀胱経絡に溜まります、、、、これは体の前後中央のラインに走っている経絡です、、、このラインを通すことで、、、恐れの感情自体を解体できます、、、すると自然と、、、経験したいが湧いてくる、、、自然と五感を使って経験したいが湧いてくる、、、、虚の世界の中で、、、実が増えていく、、実が増えてくる、、、、実が増えれば充実、満足になる、、、、