迷いのない状態
迷いのない状態とは何でしょうか???不動心、、結論からお伝えます。迷いのない状態とはどんな思考が起こってもそのメカニズムに気づくことです。今日目覚めて朝から迷いの思考が次々に起こるとしましょう。それが何か分かっていることです。どんな思考が起こってもそれがどういう仕組みで起こっているかに気づくのです。思考は何でも起こります、ですがそのことに気づかないと湧く思考によって悩むのです。
思考は何でも起こっていい
思考はこの体、この自分を守るために勝手に自然に湧き続けます。それでいいのです。思考とはそのために存在します。ですから思考は放っておいていいのです。そして思考がどんなに騒ごうが大型犬が叫んでいる程度に見ています。観察します。随分と思考が今日は暴れるなあと気づきに入るのです。この気づきは何でしょうか???この気づきは神の気づきです。神が思考の暴れに気づくのです。神だから思考の暴走に気づくのです。
そうか、俺は神だった
思考がどんなに暴れようともその思考に気づくのは神だけです。そして思考が暴れようがその暴れは間違いなく神の投影として暴れるのです。人間である私という思考が起ころうともそれも神の投影です。ここに戻ります。どんな思考も神の投影というのが真実です。神の投影として私という思考が現れては消えていくのです。
思考への関心
思考への関心が消えていきます。思考が何かを分かっていないから困っていたんです。思考をこの私が生み出したエネルギーと捉えていたから勝手に湧いてくる思考に戸惑っていたのです。ですが今思考の嘘が暴かれたのです。思考とは神の投影として勝手に現れる影です。この体を知覚した時に勝手に現れるのが思考です。ですから思考は非コントロール系ロケットです。
思考をエンタメとして楽しむ
思考を勝手に湧いてくる非コントロール系ロケットと気づいたらどうするか???そのロケットを楽しむのです。花火のように楽しめばいいのです。今日はこんなロケットが、こんな花火が打ち上がったなーです。つまりこの体を守るためのこの自分を守るためにいっぱいロケットが花火が打ち上がる様子を楽しみます。
感情もエンタメとして楽しむ
思考がこの自分を守るためならば感情も完全にそうです。感情もこの体、この自分を守るために勝手に湧いてきます。そのことに自覚的になります。多くの方は感情は自分が生み出したと思っています。違います。神の投影として自分を守るために現れるのです。この自分を守るためのこの感情を神として気づきます。神が神の投影に気づくのです。
それでどうなる????
思考や感情こそが「気づき」を「気づき」に至らせるのです。思考が現れてくれたから「気づき」が「気づき」であることを自覚できます。神が神であることを自覚できるのです。つまり思考を通じて神に戻ります。感情を通じて神に戻ります。神が神に戻るには「気づき」という正体に気づかなくてはなりません。思考はそれを気づかせます。