夢の中
私とは誰でしょうか?私とは夢の中の住人です。ですがこの夢は私によって見られていないのですからこの私は夢で見られる存在の一つです。彼もこの夢の住人であり彼女もそうです。そして皆は夢で見られる住人であって夢を見る住人ではありません。そこが大きな大きなポイントです。
では???
では私は何をしているのですか???何をしている???ただ「私」は勝手に動き勝手に思考し、その活動の全ては神によって見られています。私という動き、私という思考、私という活動は全てこの夢の中でこうやって見られています。気づかれています。違いますか???じゃあ私はこの夢を見てはいないのですか???見てないです。見ているのは神一択です。
でも
でも私はこの夢を今まさに見ています。間違いなく見ています。そこに疑いはないのです。そうですよね???そうですね、あなたは間違いなくこの夢を見ているのでしょう。だとしたらあなたは「私」ではなくて神です。私とは神のことです。神がこの夢を今まさに見ているのですから。そして私とはこの体に名付けられた名前に過ぎなかったのです。あなたは基本神なのです。「私」という名前はこの体のネーミングに過ぎずそれ以上でもそれ以下でもなかったのです。
じゃあ
じゃあ私はこれからも存在していいのですか???もちろんです。私が存在しなかったらこの夢の中で住民票も電気代も年金も払えません。ですからこの私は存在しなくてはなりません。ですがその私は夢の中の登場人物に過ぎず、その私はこの夢を全く見ていません。この体はあらゆる五感を作り出しますがそのことに気づいている存在こそが神です。その五感は気づかれなくてはこの夢は進行しないのです。その気づきが神です。
五感の所有
この体が食事を食べれば五感が作用します。味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚、です。ですがその感覚が起こったことは気づかれなくては存在しません。つまり五感は神によって気づかれて初めて存在できるのです。当たり前のことです。この夢は神に気づかれて初めて存在するのです。ですからこの体が生み出す五感の全ては神によって気づかれています。
私
これまではこの私がこの五感の所有者と考えていました。それでも問題はありません。ですがこの神がそのことに気づかなければその五感は存在できません。その神の存在が完全に忘れ去られていたのです。もう一度説明します。この夢で起こる様々な出来事は神の不在時には気づかれません。この出来事の全ては神によって生み出され神によって回収されるのです。そして今その出来事に気づいているならばあなたは神です。紛れもなく神です。