意識の中の波

全て

全ては意識の中に現れた波です。今それを確認しましょう。今意識はありますか??意識がないとは絶対に言わせません。なぜならば意識がなければこのブログは読めていません。ですから意識が確実にあります。そして音を静かに聞いてみましょう。音が聞こえますね。これが意識が生み出した「音」です。聞いたのは誰ですか???「私です」という思考が今起こりましたね??それが意識が生み出した思考です。私じゃないなら誰ですか???それが意識が生み出した思考です。意識しか存在しないのですから「音」を聞くのも意識です。それ以外が存在しないのですから。

注意深く明晰に

そうです、注意深く明晰に観察すれば「意識」があらゆる表現をしているだけです。それ以外が何も起こっていません。「意識」があります。次に経験が起こります。これが繰り広げられているのです。ただそれだけです。ただそれ以上でもそれ以下でもないのです。意識は確実に存在します。ですがそれはこの体の中にあるのだという知覚は意識です。どこを探しても意識以外が存在しません。

現象はいかに変わるか????

皮肉にも

本当にこれは皮肉な話です。この幻想の世界、幻想の体を、、、現実と捉えれば捉えるほどに、、、この幻想の世界は世知辛くなっていきます。そしてこれを幻想と見抜き、体を幻想と見抜くことでそれがこの幻想の世界に反映され生きやすくなっていきます。なぜ???関心が既に「この意識」に向かっているからです。幻想で何が起ころうとも何も変化しない「この意識」に意識が向かっています。もうこの幻想の動きを深刻に捉えることができません。

かつては、、、

この一回きりの人生を絶対に失敗してはならない!!!そう怯えて生きていました。絶対に絶対に失敗して後悔だけはしたくない。。。だから慎重に慎重に、、、熟慮して熟慮して、、、生きていこう。。。こうだったんです。だからこの幻想の世界の動きに敏感です。え????これからはコンピューター、、、え????これからは外資?????え????これからは公務員?????みたいに、、、怯えて、怯えて、、生きていたのです。

でも

分かっちゃったんです。実はこの幻想の世界には一度も「私」は足を踏み入れたことがないのです。実はこの幻想の世界で活動などしたことがなかったのです。何だそりゃ、、、、です。この体は幻想ですから、、当然幻想の世界の住人です。ですが、、、私はこの幻想の住人ではありません。私はこの意識です。この意識とは幻想の影響を全く受けることができない存在です。つまり幻想の住人ではないのです。こんな大どんでん返しあります????ありえないでしょ。。。。ですがこれも幻想の中の動きとして起こったのです。この動きが幻想の動きとして全自動で起こったのです。だから誰も悪くないのです。

それは自分じゃなかった

話しかけてくれるけど

この夢の中の住人はみんなこの体に向かって話しかけてきます。この体が着る服装が変だと「何か変なTシャツだね」と話しかけてきます。ですが私はこの夢の中には存在しません。この夢の中の体はアバターであって、、私本体はいつも夢の外に居ます。お酒を飲むのはこの夢の中の住人が一瞬夢の外に出る道具です。そっかこの感覚こそが本当だよね、、ってホッとしているのです。

なんてことはない

分かっちゃえばこんな簡単なことってないんです。夢の中の覚者が話す言葉が全て腹落ちします。ノンデュアリティ、、、何か難しい言葉ですが、、、非二元??つまりは夢の外に出ちゃえば、、そりゃそうです。この体と体以外の分離の世界というのは嘘です。夢の外から見れば全ては夢です、この体も夢です。このテーブルも、体もコップも夢です。だから一元です。でも夢と夢を見る自分っていう分離がありますよね??それがそうじゃないんです。夢の外の自分は「物質」として存在していないから。夢そのものが夢を見ているのです。だから夢しかないんです。言葉が生み出した夢だけが存在していてそれ以外がないんです。

宇宙人

宇宙人っていうのは夢の中の住人が実は夢の中の住人じゃないって気づいちゃった「存在」のことです。いきなりボコッと夢の外に飛び出ちゃった「存在」はもうこの体を自分とは信じていません。そんな存在がこの夢の中に現れた時「宇宙人」になります。もうその宇宙人はこの体を本体とは思っていないのです。この夢こそが夢を見ていると気づいた時アバターであるこの体は仮の姿であると明確に分かっています。

何を言われても

大丈夫

最初から大丈夫過ぎるぐらいに大丈夫なのが分かっちゃっている時、何を言われても刺さりません。この夢の中の住人からの言葉に動揺するのは夢の中のルールに自分が適用されると信じている時だけです。夢の中の住人だってどこかで信じているから「刺さる」のです。そのことが分かった時、、刺さるのは夢の中の住人って信じているよっていう警告だということが分かります。

神妙な語り口調

トランプが関税を、、株価が暴落、、ロシア危機、、、なんでも起こります。夢の中では、、夢の中では半端ない事件が次々に起こりはしますが、、、語られている内容は全て間違っています。時間、空間がガッツリ存在している体での話です。だからこんな事件が起こるのです、夢の中で。夢の中の住人はみんな勘違いしているから、、だから争いが起こって戦いが起こります。だから目覚めると「勘違いしてるよ」って言いたくなっちゃいますが、、でもそこには深刻さは既にありません。

究極の解放感

問題すら愛おしい

この夢では何でも起こります。トラブルも起こります。友人同士の喧嘩も起こります。ですが既に深刻さがありません。それすらも愛おしくなります。トラブルが起こったという認識は記憶が作り出すのです。記憶こそがトラブルの生みの親です。だから何も深刻さはないのです。記憶という原料でできたトラブルが起こるのです。記憶が形を変えてトラブルになります。ですがその記憶の原料は夢でありつまり自分自身なのです。

自分自身の変容

そうです。トラブルとは自分自身が変容してそこに現れたのです。トラブルを因数分解するとまさかの自分自身が飛び出てきます。なんだ全部自分じゃないか!!!と気づきます。だからどんなトラブルがこの夢で起ころうとも深刻じゃないのです。記憶とはこの夢の世界の言語の集積です。言語の集積が記憶となりその記憶が目の前でトラブルを生み出しています。紐解いて見れば言葉でしかないのです。

あいつが、こいつが

人の相談を受けます。実はあいつからこんな仕打ちをされていてもう我慢の限界なんです。この悩み、、この悩みは「あいつ」という存在が実在し「私」が実在しているという前提でしか成立しません。ですがこの夢の中の「あいつ」は100%実在できません。そもそも空間が存在しないのです。夢の一部として「あいつ」が登場し記憶があいつを知覚させるのです。

究極のメッセージ

誰も生きていない

夢の中の住人はアバターの世界です。そこには間違いなく「誰か」が存在して見えますがそれは全て存在の投影、アバターです。つまりそこには「存在」は存在せずアバターだけがここに投影されます。インターネットゲームの中のあらゆるアバターの奥には各プレイヤーが存在するようにここの現れでる人物は全て「存在」のアバターなのです。ですから苦しんでいる「実在」は皆無です。苦しんで見えるアバターは存在します。そこには苦しみはあるかもしれませんが全て存在の投影です。

存在

では存在はどこに居るんでしょうか??存在は物質ではないので「どこか」には存在しません。この夢を見ている「存在」としか表現しようがありません。もっと言えば「夢と存在」という二者が存在するのでもありません。夢自体が「存在」です。その存在のアバターが人物として投影されるのです。そしてこの夢に「気づく」気づきこそが真の私です。真我です。

夢と気づき

夢と気づきには分離しているのか???そこにも分離は存在しません。気づきがそのまま夢となりその夢も現れては消えるのです。ですから全てが気づきとも言えます。全てが真我です。空です。根源です。根源が「意識=存在」になって意識、存在の変容である夢を見るのです。それがアバターとして人物に反映されます。この夢では人物同士がコミュニケーションを取りますがそれは存在のアバター同士のコミュニケーションです。

収縮するエネルギー

体を意識する

体の中に不快感がありますと我々はこの自分を強く意識します。自分という感覚を強化させます。ヨガは体の緊張を取り除くことでこの動きを緩和するのです。体の不快感を取り除き「自分」という感覚が現れないように導きます。大勢の人の前に立つ時「緊張」「収縮」が起こり自分が強く意識されるのです。ですがこのことが分かっているならば緊張収縮が起こってもそれはただ全体の私の中でそれが起きたのだという自覚になるのです。収縮からの「自分」ではなく、、ただの収縮になります。

世界の中の自分

「世界とは分離した自分が存在するのだ」という固定観念は収縮を生み出します。この観念が収縮を生み出し収縮があるから自分が存在するのだという縛りが生まれます。収縮こそが自身の存在の絶対的証拠だということです。この仕組みを壊します。固定観念こそが収縮の正体であり、、収縮が自分を証明するものではないのです。ただ固定観念によって収縮が起こっているのだという気づきに変えます。事実では自分など存在しません。、ただここに夢が起こっているだけです。

固定観念と収縮

固定観念がただ「これ」を夢と変えます。一番大きなアイテムが「自分」です。その自分は収縮するエネルギーとなりそれがあるからさらに自分という固定観念を強化します。ですが本当はただ「これ」という意識が現れているに過ぎません。意識という窓に固定観念という網戸が作られてその結果収縮が起こるのです。これが分離感を強めます。

アイデンティティだけが残る

アバターはこの夢には必要です。この夢では人間が人格を持って登場しますからそれを否定することは不可能です。人間は個人として知覚されていきますがそれは真実ではありません。その知覚が起こるだけです。個人という実在が存在すると勘違いするから益々個人という観念が強化され収縮が起こります。収縮があるからこそ個人が存在するという観念が強化されるというスパイラルに入ります。

私のDVD

どこかにある

私の人生というDVDは今ここに実は存在していてそれが流れています。次に何をやるのかがそのDVDには間違いなく存在してそれが流れているだけです。このディスクの動きが激しい時時間が早く進んだと感じ、そのディスクの動きが遅い時、時間をゆっくりと感じます。動いているのは映像であって時間ではないのです。映像の動きが早い時「あれ、、もう1時間経ってる」となります。ディスクの動きが遅い時、、まだ1時間しか経ってない汗となります。

ヨガ行者

ヨガを極めていく人は自分自身のDVDの内容を分かっている人です。ですから無駄なことをしません、だって分かっているのですから。ところがそのこと自体もこのDVDには載っているのです。どちらにしても自分自身を分かっている人というのはDVDに能動的にアクセスできる人のことです。この事実を聞いて「困る」という反応を起こす人はこの事実には触れません。この事実は隠された事実です。オープンシークレットという本がありますがまさにそうでこの事実は公の秘密です。

まだ死なないことが分かっている

病気

大きな病気になった時に「おかしい、俺はまだ死ぬ気がしない」という人は生き残ります。死ぬことに違和感が起こっています。俺は間違いなくここまでは生きるだろう、、という直感が働きます。ですがついに死期が訪れたか、、という感覚が起こる場合は死ぬことが決まっている可能性が高いでしょう。成功することが分かっている、だから努力ができる場合も同じです。この分野は俺は成功することが分かっている、だからそのままに努力ができるのです。成功を確信している時、それはもうその定めが決まっていてだから直感的にそこに進めるのです。

ですが

直感でそのことが分かっている、という筋書きも決まっています。そのストーリーが既に決まっているのです。ですからこの事実は多くの人には全くつまらない何の生きる価値もないような話です。自我にとっては嘘八百、冗談は辞めてくれ!!!という話です。全てが決まっているとしたら「自我」は何をするんですか???何もしていないじゃないか!!という話です。そんな事実に気づいてしまったらもう自我は何もできません。降参です。

何も起こっていない

常に常に五感は働きます。今この瞬間音が聞こえ、触れているという感覚が起こり、光に気づきます。明日何食べよう????という思考が起こり気づかれます。お腹が空いたという思考が起こりそれに気づき、外に出るために動きます。ですが実際には五感が常に常に変化するだけです。その合間に思考が起こり「どの店にしようかな」が起こります。五感の動き、思考の動き、感情の動き以外に何も起こっていないことに気づけますか???

朝起きて寝るまで

信じられない話かもしれませんが我々は朝起きて寝るまでの期間、、五感の動き、思考、感情の動き以外が何も起こっていません。空間時間を移動しているというのは「思考の動き」であって事実ではありません。信じられませんが何一つ移動などしていないし、移動する体など存在していないし、何もしていないのです。ただ五感が変わり思考が変わり感情が変わっているだけです。

旅行

旅行に行くとしましょう。五感が変わり続けます。思考が起こります。感情が起こります。それ以外が何も起こっていません。新幹線に乗るとしましょう。ですが事実ではそれは五感の動きだけです。五感の変化以外が何も起こっていません。あ、品川駅だ!!という思考、疲れたという思考、が起こるのみです。びっくりするほどに何も起こっていません。出来事は何も起こらないのです。出来事という起こる「思考」のことです。