問題すら愛おしい
この夢では何でも起こります。トラブルも起こります。友人同士の喧嘩も起こります。ですが既に深刻さがありません。それすらも愛おしくなります。トラブルが起こったという認識は記憶が作り出すのです。記憶こそがトラブルの生みの親です。だから何も深刻さはないのです。記憶という原料でできたトラブルが起こるのです。記憶が形を変えてトラブルになります。ですがその記憶の原料は夢でありつまり自分自身なのです。
自分自身の変容
そうです。トラブルとは自分自身が変容してそこに現れたのです。トラブルを因数分解するとまさかの自分自身が飛び出てきます。なんだ全部自分じゃないか!!!と気づきます。だからどんなトラブルがこの夢で起ころうとも深刻じゃないのです。記憶とはこの夢の世界の言語の集積です。言語の集積が記憶となりその記憶が目の前でトラブルを生み出しています。紐解いて見れば言葉でしかないのです。
あいつが、こいつが
人の相談を受けます。実はあいつからこんな仕打ちをされていてもう我慢の限界なんです。この悩み、、この悩みは「あいつ」という存在が実在し「私」が実在しているという前提でしか成立しません。ですがこの夢の中の「あいつ」は100%実在できません。そもそも空間が存在しないのです。夢の一部として「あいつ」が登場し記憶があいつを知覚させるのです。