体を意識する
体の中に不快感がありますと我々はこの自分を強く意識します。自分という感覚を強化させます。ヨガは体の緊張を取り除くことでこの動きを緩和するのです。体の不快感を取り除き「自分」という感覚が現れないように導きます。大勢の人の前に立つ時「緊張」「収縮」が起こり自分が強く意識されるのです。ですがこのことが分かっているならば緊張収縮が起こってもそれはただ全体の私の中でそれが起きたのだという自覚になるのです。収縮からの「自分」ではなく、、ただの収縮になります。
世界の中の自分
「世界とは分離した自分が存在するのだ」という固定観念は収縮を生み出します。この観念が収縮を生み出し収縮があるから自分が存在するのだという縛りが生まれます。収縮こそが自身の存在の絶対的証拠だということです。この仕組みを壊します。固定観念こそが収縮の正体であり、、収縮が自分を証明するものではないのです。ただ固定観念によって収縮が起こっているのだという気づきに変えます。事実では自分など存在しません。、ただここに夢が起こっているだけです。
固定観念と収縮
固定観念がただ「これ」を夢と変えます。一番大きなアイテムが「自分」です。その自分は収縮するエネルギーとなりそれがあるからさらに自分という固定観念を強化します。ですが本当はただ「これ」という意識が現れているに過ぎません。意識という窓に固定観念という網戸が作られてその結果収縮が起こるのです。これが分離感を強めます。
アイデンティティだけが残る
アバターはこの夢には必要です。この夢では人間が人格を持って登場しますからそれを否定することは不可能です。人間は個人として知覚されていきますがそれは真実ではありません。その知覚が起こるだけです。個人という実在が存在すると勘違いするから益々個人という観念が強化され収縮が起こります。収縮があるからこそ個人が存在するという観念が強化されるというスパイラルに入ります。