誰も生きていない
夢の中の住人はアバターの世界です。そこには間違いなく「誰か」が存在して見えますがそれは全て存在の投影、アバターです。つまりそこには「存在」は存在せずアバターだけがここに投影されます。インターネットゲームの中のあらゆるアバターの奥には各プレイヤーが存在するようにここの現れでる人物は全て「存在」のアバターなのです。ですから苦しんでいる「実在」は皆無です。苦しんで見えるアバターは存在します。そこには苦しみはあるかもしれませんが全て存在の投影です。
存在
では存在はどこに居るんでしょうか??存在は物質ではないので「どこか」には存在しません。この夢を見ている「存在」としか表現しようがありません。もっと言えば「夢と存在」という二者が存在するのでもありません。夢自体が「存在」です。その存在のアバターが人物として投影されるのです。そしてこの夢に「気づく」気づきこそが真の私です。真我です。
夢と気づき
夢と気づきには分離しているのか???そこにも分離は存在しません。気づきがそのまま夢となりその夢も現れては消えるのです。ですから全てが気づきとも言えます。全てが真我です。空です。根源です。根源が「意識=存在」になって意識、存在の変容である夢を見るのです。それがアバターとして人物に反映されます。この夢では人物同士がコミュニケーションを取りますがそれは存在のアバター同士のコミュニケーションです。