起きない
真実を正しく正しく理解できますと、、、勘違いをベースにした思考が起きなくなります。地動説をしっかりと理解した後に、、天動説の勘違いがもう起きにくいのと同じです。地動説の正しい理解は、、天動説への回帰を防ぐのです。見かけ上の「私」も日常生活で、、、頻繁にこの私が登場しますが、、、なぜ登場するのか、、なぜ認識されるのかを正確に理解していますから、、もう思考の渦に飲まれることは全くありません。思考が起こり始めた途端に、、思考を観察する視点が生まれるのです。
思考が悪くもない
この現代社会で生きていくには思考は欠かせない存在です、、ですから思考が登場してはいけないという意味ではありません。ただし誤った認識、誤った理解を前提にした思考は、、、、苦しみを同時に起こしますから、、それは無駄です。正しい認識、、真実に沿った認識での思考は大歓迎です。「私」は、、、から始まる思考は、、同時に苦しみを生むことを理解しなくてはなりません。
とはいえ湧いてこない
とはいえ湧いてこないのです、、、思考によって為される数々は、、、自我を肥太らせる内容が圧倒的に多いのと、、思考によって為される成果が、、至福を生ないことが分かってしまっているため、、、思考の活動が起こらなくなっていくのです。思考を働かせた結果永遠の幸福を得たことはあるのでしょうか??恐らく全くないはずです。便利になったり利益を得たりはできるでしょうが、、それが至福を約束してくれることがないのです。
だとしたら
だとしたらもう思考活動には関心を寄せずに、、、悟りにのみ関心を寄せても全く問題は起こりません。本当に必要な思考は必ず起こりますから、、そこは思考を信用します。そして残りの時間は目覚めて瞑想をします。この体の背景から湧き上がるこの現象をしっかりと観察し、、空の存在をありありと感じるのです。目を閉じて空を感じることもできますが、、、何をしていても実は空を感じることができるのです。空を感じるという真の瞑想を始めます。