格闘家

記者会見

人間の勘違いをまざまざと観れるのが格闘家の記者会見です。「お前など1分でKOできる」「1ラウンドで余裕で勝てる」そう宣っていた選手が実戦では簡単に負けてしまう、、、、、これかなり多いケースです。つまり完全完璧に勘違いしているわけです。なぜこんな勘違いが生まれるのか??????「思い込み」です。「こいつがこのレベルならば俺はこのレベルだろう」という思い込み、、、これが起こるんです。

良いとか悪いとかじゃない

この思い込みは自然現象として起こります。完全に起こります。自然現象ですから自然にこれが起こるんです。この事実に気づきます。根拠のない思い込みが起こるのだという事実に気づくのです。すると今考えている信念、観念、価値観の全てが思い込みかも?????????という気づきが起こります。全て根拠のない思い込みだったら??????????という思考が自然現象として起こるのです。

苦しみ

今苦しみがあるならば、、、、その価値観、信念、観念は思い込みです。苦しみがある限り、、、根拠のない思い込みが存在します。苦しみこそが「思い込み発見器」です。だから苦しみは無理して消そうとしないでください、、、、思い込み発見器の電源を落とそうとしても無駄です。中毒性の嗜好品、ギャンブル、異性、ブランド、、などは、、、、、思い込み発見器の電源を一時的にはオフにしますが一時的です。

水平軸

人間活動

人間活動は水平軸の活動です、、あれがしたい、これがしたい、、、こういう悩みを解決したい、、こういう悩みを解決したい、、、、、。。。。。エンドレスにこれが続きます。霊的進化を遂げたい、魂を熟したい、パワースポットに行きたい、、、、全てです。この全ては水平軸上の動きです。この「動き」こそが苦しみの原因であると気づくまで腹の底までそこに気づくまでこれが続きます。

水平軸ではなく垂直軸

これって別に特別なことではないんです。友人とのトラブル散々友人関係にエネルギーを注いできた時、、、「あれ?????これって無駄じゃね??????友人の顔色伺うって無駄だよね????」と気づきます。その日から一切それを辞めて、、「自分を気に入った友人とだけ付き合う」に切り替えます。それで上手くいった時ベクトルが変わるのです。その最終章がこれです、、、自分を主語にした問題解決を辞めます。

自分主語を辞める

自分がこうなったら、自分の悩みがこうなったら、、、、という主語が自分の活動では幸福には至れないことを気づきます。横軸、水平軸の活動を辞め、、、、垂直軸、、、つまり、、、ただ真理を理解する、、真理に気づく、、ことでしか苦しみを排除できないと悟るのです。「私」という存在を信じているうちは幸福には至れないと悟るのです。「この会社でどんなに頑張っても意味ない」「この東京でどんなに頑張っても意味ない」「このパートナーとどんなに頑張っても意味ない」「この私でどんなに頑張っても意味ない

解決できていない感情

ノンデュアリティ

悟りのメッセージを何時間説明しようと、、、全くその人に入らない状態ってあるんです。。というほとんどそうなります。入らないんです、頭に。認識されないんです、、全てが・・・・・。こうなります、なりますよね?????知っていますよね????????なぜ??????????簡単です、、、解決できていない感情がマグマのように燃え盛るのです。だからできないのです。

そこから

この人間ドラマとは幻想????????そんなことをこのマグマを抱えながら消化する??????不可能!!!!無駄無駄無駄!!!!!!!!先ずは先ずはこのマグマをなんとかしてくれ!!!!!!!!です。不可能なんです、、なんとかしてこのマグマを鎮圧したいと思っているところへ、、そのマグマは嘘ですよって、、、、だって半端ないんです、、このマグマの熱量たるや。。。。。。

マグマの鎮火から

どうしたら鎮火できますか???????親への恨み、、地元への恨み、、あの時の先生への恨み、、、、、簡単です、、簡単です、、、、、自由意志がないんです、、、人間には。。。。「クッパへの恨み、ノコノコへの恨み」聞いたことあります???????ないですよね!!!!!!なんでですか???????自由意志がないからです。自由意志がないと心の底から分かった時「恨み」が消えます。

感情のドラマ

渡る世間は鬼ばかり

なぜあの人は????なぜあいつは、、、人間ドラマでは定石の感情、、これ騙されていますよ。このドラマがあるから人間はこの牢獄から抜けれないのです。あいつはなんで?????あんな悪習、悪癖を持っているんだ?????これなんです、、、相手の悪癖には原因があって、その悪癖をああでもないこうでもないと悩むのです。ですが残念、それ自然現象です。自然現象に悪癖ってないんです。

ここからが善癖でここからが悪癖

あいつのあの悪癖なんとかならんか、、これが人間業界の悩みの全てなんです。私のも悪癖はあるが、、そこはなんとなく原因は分かっている、、、ですが他人の悪癖は原因が分からないから、、、困るのです。こうやって原因不明の悪癖に自分も周囲も混乱しきって生きていくのが人生です。ですがその苦しみ一瞬で解決します、、なぜかと言えばひとつたりとも全悪癖とも、、自由意志なく起こっています。だからこれに対して人間が覚悟することとは「悪癖は自然現象である」ということです。

親への恨み、家族への恨み

ほとんどの多くの人の恨みの根底には家族、特に両親への恨みがあります。ここが解消できないから、、、次に進めないのです。ですがこの両親への恨みも一瞬一発で解決します。それは「両親には自由意志がない」これです、全くないのです、、、、だから恨んでもいいですよ、、、恨み尽しても、、、でも何を恨むんでか?????相手には自由意志がないにも関わらず。。。。

幸福度ランキング

偽り

幸福度ランキング、、、、たまーに出てきますよね???????新橋の会社員百人に聞きました!!みたいな、、、、これ幸福度って言いますが、、、、完全に似非(エセ)幸福度です。なんであなたは幸福なんですか?????「それは家族が健康で会社も株価上がってるしこうやって週一で飲めるからです」という思考が幸福度を決めます。この思考=幸福度です。つまり思考が変われば幸福度は変わります。幸福って、、、株価並みに不安定なもの、、、になっちゃいます!!!!

全く違う

幸福とは、、、、、思考によって上下するような株価のようなものではなく、、、完全完璧な安定です。真逆です、、、上下する幸福??????冗談は辞めてください。幸福とは上下しないものです。では真の幸福とは何でしょうか????????どんな思考が現れようとどんな感情が現れようとそれは自分ではないと気づくことです、、、そしてその認識こそが自分です。。。。。。だから、現れ出た思考=幸福度、、、の嘘に気づくことです。

先ずはそこから

現れ出た思考が幸福度であるという嘘、、先ずはそこに気づくのです。その嘘を信じている間は株価の如く幸福度は乱高下するのです。乱高下するのは幸福とは何も関係がなく、、、乱高下する思考はただの自然現象に過ぎず、、我々とはまさに自然現象そのものである、、、、この気づきです。自然現象に上下は一切なく、、、どんな思考が現れ出てもそれも自然現象なのです。

キャラクター

悟ったとて

悟りを開くとマリオがスーパーマリオになって基礎ポテンシャルが上がる?????全く全く上がりません。。。。あがり症、高所恐怖症、対人コミュ障、運動音痴、猫背、、、、全て継続します、、基礎ポテンシャルは何も変わりはしません。マリオはクッパに触れば死に、ノコノコに触れれば死ぬ、クリボーにも触れれば死にます。。。激弱です。。そして悟ってもこのマリオの激弱は変わりません。

だからポテンシャルは何も変わりはしない

普通の会社員が、、、スーパー会社員にはなりません。普通の社長がスーパー社長にもなりません。何も変わりはしないのです、、、、ですがもう深刻さはありません。だってマリオは自分じゃないと気づいてしまったからです。結果的に深刻さがない中でゲームが進むので、、、周囲から無双状態に見えます。。。。だからといってポテンシャルが上がったのでは全くなく、、、ただ深刻ではないだけです。

マリオの存在を認識している????????

マリオはゲーム中マリオの存在に気付けません。マリオをマリオと気付くのはプレイヤーです。つまりこの体に気づくのはこの体ではないのです。。。この体は気づかれる側です。つまりこの体の中の自分という「認識者」はこの体の中には存在せず、、、この画像の外に居るのです。もっともっと正確に正確に言えばこの画像に外は存在しないので、、この画像そのものが、、、認識しているということです。

どうやったら今に居れなくなるの?????

事故現場で

事故現場多くの方がパニックを起こすその瞬間、、どうしたら今に居れるんですか??????逆に聞きますね、今に居れなくなる方法がないのです。今にしか存在できません、、、嵐のような思考も今起こります。台風のような感情の嵐も今起こります。そうです、、、いまから脱出していまから逃亡する方法が存在しないのです。今思考の嵐が起こり、、それによって不快感、苛立ち、孤独感が起こっている、、、この事実こそが今に居るということです。

今に居ても

今に居ても、、、、苛立ち、孤独、悲壮感があるならば意味はないですよね???????もしもその苛立ち、孤独、悲壮感を消したいのならば、、、その思考が今起こっていることに気づくのです。その思考は未来、過去に対して起こりますが、、、その事実に気づくのです。どんなに未来に不安し過去に憂いても、、、それが今起こっているのです。今しかその思考認識、思考経験はできないのです。

だから

何が今起こっているかに気づけば、、、思考が起こる時に苛立ち、イライラが起こるだけであってそれ以外は全くそれが起こっていないことに気づきます。今思考を起こし、、イライラを作るのか、、、起こさないのかだけです。とはいえその選択肢も選択する誰かも居ないのですから、全ては自然現象まかせです。ですが気づきの後混乱の思考が起こらないのは事実です。

天才

苫米地英人

苫米地さんは天才です、悟った状態で脳科学を駆使して完全独自の方便を構築しました。言葉が何をしているか明確に定義し、、言葉を使って抽象度を上げていき、、概念を削ぎ落としていきます。記憶された言葉が多いにも関わらず、、、、概念が整理されていくことで、、、記憶から飛び出る思考の量を減らしていきます。苦しみがその結果減っていきます。さらに自分とは全く関係ないゴールを設定することで、、、「個人」という概念を普段の生活の中から排除してしまうのです。

他の脳科学者とは何が違うか??????

それは見かけ上の苫米地さんが完全完璧に悟っているからです。だから脳科学がそこに導くための方便になっています。結論はわかっている、、、そこに脳科学で導くという手法です。

危ない状況

ないもかもがどうでもいい

周囲から見れば(本当はないが)悟り、非二元にどっぷり浸かっている期間は危ない状況です。価値観が180度ひっくり返ってしましますから、、それは危ないのです。「私」と関係性がある「個人」は危機感を覚えます、見かけ上。この人なんか変わってきたぞ、、、です。でも本当は周囲に関心がなくなるのではなく、、全く違う存在に変わってしまうだけなのです。

画像

周囲とは単純に画像でしかないことが分かると、、、、そこへの執着が消えるのです。友人への執着、家族への執着、仕事中仲間への執着が消えます。努力して関係を築いたからそれを失うのは損だ、、この感覚がないのです。損得という概念が消えるのです。だからシンプルに会いたいから会う、、会いたくないから会わない、、、に切り替わります。この感覚が周囲からは脅威になります。

好かれるための行動ができない

得をするために、好かれるために、、、という行動ができません。要は目的のための行動ができないのです。世の中は(見かけ上)損得のためにしか逆に言えば行動できない人が多く、、そこで行動原理が異なってしまい合わないようになります。ですが本当の意味ではその全てが愛おしいから関係性が変わるのです。個対個ではなく、、、「見た目上の個」対「見た目上の個」です。

寂しくないんですか????

その時点で

え?????一人旅??????寂しくないですか???????一人よりも二人で居たい、、、、これって実は「私は個人である」という思考が起こっている時に起こる感情です。違うんです、、基本、、、ここは「これ」であって、、「これ」である時孤独感はありません。。。なぜならば孤独がありえないからです、分離がありえないからです。だから孤独感、分離感は基本現れ出ないのです。

いつも誰かと一緒

いつもいつも誰かと一緒でいたい時、、、それをその人を求めているのではなく「孤独感」を感じたく無いだけ。。。だからそれは友情でも慈しみでもなんでもありません。ただ孤独感を感じたくないから一緒に居たいのです。相手に対する愛ではなく、、それは渇望に近いものです。孤独が嫌だから人を求める、、その人が好きだからではなく、、孤独が嫌なのです。

トラブル

ただ一人で居たくないから、、、という理由から人を求める関係は、、トラブルが多くなります。なぜならば、、、、孤独を避けたいだけであってその人への慈しみはないからです。結果好きでもないのに一緒にいることになり違うストレスが多くなるのです。その時、、、このストレスはなんだ??????そうか俺はただ一人が嫌だから人と一緒にいるんだな、、、という気づきが起こるのです。

根本解決

誰かと一緒に居ないとストレス、、これは「私は孤独である」という概念が支えたストレスです。ここを断ちます。私は一人では絶対にありません、なぜならば孤独、分離はありえないからです。根本がありえないのであり、、そこに「私は個人である」という概念が浮かび上がった時、、孤独感が起こるのです。