ないモノにエネルギーが収縮していた

エネルギーの収縮だけがあった

私というのは私が居るという言葉で作ったイメージに対しエネルギーが収縮していた状態です、何もないもの(イメージ)にエネルギーが収縮していた状態です。このエネルギーの収縮が起きなくなった状態、、これが悟りです。もうそこにエネルギーが集まらない、エネルギーの収縮が起きない状態です。自分をしっかりもって、、、これは自分というイメージにエネルギーが収縮した状態です。

収縮の解放

そもそもが何もない、、イメージに、、、エネルギーが収縮し、、、自分が居るという感覚が起き上がっていました、、、ところがそれがない状態、、、自分という感覚を持てない状態、、これが悟りです。ただ機能としてのこの体が残り、、思考感情行動が起こりますが、、、それを自分のモノとする感覚がおきえない状態、、、

陽が転じて陰になる

自分というイメージにエネルギーがガッと集中し、、この感覚が生まれ出しているのですが、、、この集中が極端に行けば行くほどに苦しくなる、、、このエネルギー、気の集中が解放されますと、、、、エネルギー、気は真逆のベクトルに解放され、、世界が全部になります。

信じると体験できる

信じてはダメですよ、、の嘘

悟りとは感じるものですから、、、知識をかき集めても無駄です、、、、そんな言葉を使うメッセンジャーは多くいます、、、、ですが我々はこの観念の世界において悟りという言葉を知らずして悟るのは難しい、、、なぜならば全く概念がないことを体験できない、、、、勿論それが起きた人(イメージ)はこの夢の中で起こるのですが、、、マジックの種明かし情報を得ずして、、、マジックを見破るのはほぼ無理でしょう、、たまたま、、事故的にマジックを見破る人(イメージ)もいますが、、、

種明かしの情報

種明かしのメッセージを聞き、、、なるほど!!!!が起きた時には、、、ほぼ完成なんです、、なぜならば、、、あとはこの夢の中で「なるほど!!!」が起きればいい、、、、聞いて、、、なるほど!!!が起きれば、、、体験で、、、なるほど!!!は起きやすい、、、マジックを見破るのは常にこれです、、、、

信じていい

悟りのメッセージは、、とにかく一度信じる事、、、マジックってなるほど、、そういう仕掛けか!!!の後にじっくりとこの現実(夢)を観察します、、、、そして見破るまでは手を抜かない、、、見破るまでやる!!!と覚悟を決めます、、、、完全なる体感が起きるまで、、、やります。

自分という概念の爆発

自分という錯覚は思い込み

自分という感覚は思い込みがこれを作ります、、、、有名人のそっくりさんに会った人はその場で大きな感情が湧きます、、つまり人間は自身のイメージの力でとんでもない感情、感覚を作り出せる存在なのです。。このイメージの爆発を起こします、、イメージで在ることを完全に見抜き爆発させます。

360度この自分を包囲する

自分という思い込みは徹底的に逃げ回ります、、なんとかしてこの存在だけを生き延びさせようとするでしょう、、脳が作り出した安全維持装置ですから、、脳は360度逃げまわる策を考えます、、ですから悟りとはこの逃げまわる自分を360度包囲して完全に捕まえてしまうことです。逃げることは最初からわかっている自分を逃さないのです。

自分っているじゃん

この世界は「自分っているじゃん」を思いこむ最高の環境です、、お金を払えば相手はこの「自分」になんでもサービスしてくれます。。。お金を払えば払うほどに丁重に丁重に「自分」を扱ってくれるわけです、、、だから居るにきまっている、、、に落ち着くわけです。

でも居ない

それでも居ません、、、イメージとしてのでっちあげの自分しかいません、、、ですから安心してこのでっち上げをぶっ壊してください、、爆発させてください、、、居ないのはわかっているのです、、あまりに長期間、、この私の存在を確信して生きてきてしまったがゆえに、、私が居ない状態を全く想像できなくなってしまっているのです。ですが大丈夫です、、最初から居ないのですから。

これは「私」には見えない

「私」が居ると見えなくなる

本当の世界、真実の世界は「私」が居ると見えなくなります、、、、この「私」という存在体の中の存在を信じていると見えなくなるのです。真実を見ることができないのではなく、、「私」が居ることで、、そこに私の観念が反映した世界がベールとして広がり真実を隠すのです。色眼鏡がかかった景色に急変化します。

「私」という存在を嘘と見破る

私という存在を嘘と見破ることができますと、、、景色を景色のままで感じるが起きます、、、、それを見る私が消えます、、景色が景色のままにそこに在るのです、、、そしてこの体も景色に変わります、、、この体を含めた景色を景色が感じます。。。

悟りのメッセージを使い倒す

悟りのメッセージは個人の嘘を暴く内容です、、、個人という存在の嘘を徹底的に暴いていきます。これを個人は嫌います、、個人が嫌うというのも嘘で、、嫌うという感情が勝手に湧きます、、、個人が居ると言うストーリーをイメージしていると、、ですから悟りとは個人の存在を追い詰めることなのです、、個人をこの世界からはぎ取る、、個人をこの世界から抹殺する行為です。

視点の解放

悟りとは視点を解放すること

私が対象物を見る、、、、私からベクトルが対象物に行きます、、、そしてその対象物を捉え、、、その対象物を確認します。。。。これが私物語の基本です。私という視点から始まり、、対象物という終点で終わります。悟りとはこの視点が完全に無くなることです。見ている「私」を消滅させるのです、、、そして現象は現象を起こした存在が確認している、、という概念に切り替えます、、、ここは概念です、、、本当は、、、現象は現象を起こした存在が認識しているのでは????という概念を起こします、、、、すると、、それは真実なので、、、本当だ!!!!という体験が起きます。

マジックの種明かしの動画を見る

プロマジシャンのテクニックは何百回見ても、、騙されます、、、、何百回何千回見ても、、騙されます、、、、、ですが種明かしの情報を得ると、、、、騙されなくなる、、、、不思議です、、、なぜか????視点が変わるからです、、、マジックとは視点を利用したテクニックなのです、、、、物事は、、、物事を起こした存在が気づいている、、、、この視点、概念を信じてみます、、すると本当にそうだ!!!が起きます、経験として。

悟りとは宇宙が作り出したマジックの種明かし

悟りとは宇宙が作りだしたマジックの種明かしです、、宇宙そのものを今出現させている存在が作り出したマジックの種明かしです、、、、種明かしを聞いてからマジックを見るとあら不思議、、、マジックに騙されない状態になります、、、、ですがこの段階に行くには、、、種明かしに興味が湧く、、、というプロセスを踏まなくてはなりません、、、そして種明かしを聞いてしまったらもうマジックを楽しめないですから、、、究極の決断が起こるのです。

自由意思を使い倒す

自由意志を使い倒すと

自由意志を使い倒すと、、、「もういいや」が湧いてきます、、、自由意思あるきの生活をやり尽くす、、、自由意志という発想でこの自分という発想をどこまでやれるのか???これをやり倒すことで「もういいや」が湧きます。このもういいやは、、真我からの起こりですでから、、真我からの気づきですから、、戻ることがない、、、究極のもういいやが、、、悟りです。

自由意志を手放す

多くの方は自由意志を慎重に使い、、この体をなんとか安全に運行していこうと心掛け、、、死ぬまでを生きていきます、、、、、自由意志をこの体の安全に使っていきます、、これが自我の本来の目的です、、この「私」といアイデアも、自由意志も、、この体を安全に保つためのツールなのです、、、その自由意志を使い倒しますと、、、自由意志ってこういうことなんだね、、、という気づきが起きます、、、、自由意志に取り込まれていたのが、、、自由意思ってこんな感じなんだ、、、という思考との距離が生まれます、、、自由意志を観察する存在です、、、、、

すると、、、、

あれ、、さっきまで自由意志をこの私がこしらえていたと思っていたけど、、、この自由意志を観察する存在は誰だ????という矛盾が起きるのです、、、、自由意志を私がやっていた、、、自由意志はもういいや、、って誰が感じているんだ、、、この私ではなさそうだ、、、すると自由意志はないというメッセージが入り込んできます、、、、ようやく真実が雪崩こんでくるのです。。生まれてこれまで目の前にあった真実がなだれ込んできます。

宇宙としての偏見

宇宙人としての偏見が抜け落ちると、、、

私は宇宙人である、、この偏見が抜け落ちますと、、、、宇宙としての人間活動が始まります。主語は宇宙です、、宇宙の中でこの体の活動もあるだけ、、、宇宙全体の活動もある、、、になります。宇宙そのものが主語になり、、、この体もあの体も全部が同価値になっていきます、、、全生命が同価値になる、、、全現象が同価値になる、それはそれが真実だから、、、それが真実だから、、、そこに吸い寄せられるのです。

主語が宇宙に馴染みがでると

主語が宇宙になります、、、「私が存在せず、自由意志もない」、、、ただこの宇宙現象が起き続けているだけ、、、その中にこの体も、全現象もただ在るだけ、、、、、ここが腑に落ちますと、、、次の段階に進みます、、それはではこの宇宙現象はどこで出来たのか???私はどこに居るのだ????この宇宙としての「私」はどこに存在するんだ???この疑問が湧いてくるのです、、、、すると全ての現象を現す「空、絶対」の存在が見えてきます、、、認識するから見えてくるのです、、、見えるから存在を感じるのではない、、認識が存在を起こすのです。

色即是空

釈迦はこれを「色即是空」と言葉にしました、、、これを理解するにはん万物は一つだという気づきが必要であり、、万物が一つだという気づきのためには、、、「この私は居ない、自由意志もない」という気づきが必要です、、そして「この私は居ない、自由意志もない」に気づくためには「この私が居て自由意志がある」という錯覚が必要です。この錯覚を起こすためには私と自由意思という言葉を覚える必要がある、となります。

宇宙人の偏見

宇宙人は偏見を持っていた

宇宙人は偏見を持っています、、、それは「この私が居て、、自由意志がある」という偏見を持っています。。ですがこれは事実とは違います、、、「私も存在せず、自由意志もない」これが真実です。。。我々地球人も宇宙人の一種です。。。宇宙人は全員がこの偏見に騙されています。ではなぜこの偏見を手放せないのか???この発想はこの体にとって有効だからです、、この発想を持つ方が体を大事にするからです、脳は体の手下です、、脳が作り出した、、偏見は体のためにあるのです。

新しい偏見の獲得

「私は存在せず、自由意志もない」この新しい偏見を獲得します、、本当にこの体を安全に保持していけるかを確認します。。。しばらくは根性が必要でしょう、、、ですがやってみます、、、大丈夫です、、体は安全に全く問題なく維持できます、、、、しかも今までの苦しみが吹き飛びます、、、緊張感がなくなります。。。頑張って決める自分が居ないのですから、、、自由意志をフル発揮する自分が居ないのです。

合わせることができる

新しい偏見を獲得することが出来るのはなぜでしょうか????それは、、、新しい偏見を獲得しても、、古い偏見を持つ人と合わせることができるからです。地方出身者は、、自身の偏見に東京で気づいても、、地元に戻ればそれに合わせれます。だから何も問題が起きない、、、これと同じ「自由意志がなく、私も居ない」という偏見を獲得しても、、、何も問題が起きない理由は。タコが美味しいが真実であるように、、慣れてしまえば真実に吸い寄せられます。

納豆は美味しいは真実

腐った豆を美味しいと言って食べるのは日本人ぐらいでしょう、、これを外国人は信じられない、、ありえないと言います。。ですが一年もすれば、、、「美味しい」に変わります、、、真実に吸い寄せられました、、、腐った豆の多くは体に悪いので、、、「不味い」と信じ込んでしまった方が体は安全です、、ですからこの偏見が生まれたのです。「私が居て自由意志がある」という偏見はある時期まで人類には有効な偏見でした、、ですが今は違います、、今は、、新しい真実に合わせても大丈夫、、納豆と、他の腐った豆の識別ができるから、、日本人は納豆を食べることができた。。

地球人としての偏見

地方出身者

我々はその土地特有の偏見を持って生きています。関西人は関西人独特の偏見があり、京都人は京都人独特の偏見があります。この偏見がなぜ存在するかと言えば、、本当にそう見えているからです。。え???見えているならば偏見じゃないじゃないですか???違います、、、偏見という見方が、、そう見せるのです。マジックとはまさにそれで人間の見え方を利用したショウです。騙し絵もそう、、人はこうだと信じるものを見ているのです。

日本人としての偏見

日本人には日本人の偏見があります、アメリカ人にはアメリカ人の偏見がある、、、これはこの土地土地で有効な偏見です、、、日本人は海産物は美味しいという偏見を持ち、アメリカ人はタコは悪魔のような偏見を持っています、、全ては体を保持するためにもっとも有効な偏見なんです。偏見とは視点のことであり日本人としての視点です、、、世界で活躍する人は、、日本人としての偏見を捨て、国際人としての偏見を持つことです。

抽象度を上げ続ける

偏見は体のためにありますから、、今この場で偏見を捨てるのは不可能です、、今の偏見を捨てるには新しい偏見、しかも体に有効な偏見を手に入れる必要があります。悟りとは新しい偏見の獲得です、、、地球人としての偏見として、、、「自由意志がある」「私」が居るという偏見を持っています。。これを新しい偏見に切り替えます。この体には「私」は存在せず、、「自由意志もない」だが、、これで十分、、生きていけるし、、しかも幸福になる、、、この視点で生きてみます。。すると本当にそうだからビックリします。

タコは美味しい

アメリカ人にタコは美味しいよ、、、と話をしても無理でしょう、、ですが毎日毎日タコは美味しいと話し続ければ、、一年後には大好物になっている可能性がある。これと同じ「自由意志はなく私も居ない」が板につく可能性がある、、、なぜならばそれが真実だからです。タコが美味しいは真実であり、、自由意志がない、私も居ない、、は真実です。。この真実に目覚めますと、、、もう苦しみが人生から吹き飛びます。

売れている悟り本の問題点

売れているということは、、、

売れている悟り本には問題点があります、、、それは自我が好きな本であるということです、、自我が拒絶する内容になっていないということです、、、最も大きなポイントは、、自由意志があるというアプローチです。観念の解説や、この世の成り立ち、たった一つが織りなす世界であることは解説できているのですが、、最後の最後で自由意志があるという完結になれば最後は全部自我がもっていきます。この私が、、悟った、、、になります。そして大きな勘違いをしながら生きていくことになるのです。

特別な存在「私」だけを残す

特別な存在「私」だけが最後に残ります、、、全部が分かってしまった「私」全部を掌握した「私」となります。有名な書籍には有名になる理由があって、、それこそが自我が好きなストーリー展開になっている可能性が高いのです。。勿論、それを意図的にやっている場合もありますから、、、、その場合は問題がありません。新しい知識が入ればそれを試そうとする「自分」が登場し、、最後の功績もこの「自分」が成し遂げたということに陥るのです。