地球人としての偏見

地方出身者

我々はその土地特有の偏見を持って生きています。関西人は関西人独特の偏見があり、京都人は京都人独特の偏見があります。この偏見がなぜ存在するかと言えば、、本当にそう見えているからです。。え???見えているならば偏見じゃないじゃないですか???違います、、、偏見という見方が、、そう見せるのです。マジックとはまさにそれで人間の見え方を利用したショウです。騙し絵もそう、、人はこうだと信じるものを見ているのです。

日本人としての偏見

日本人には日本人の偏見があります、アメリカ人にはアメリカ人の偏見がある、、、これはこの土地土地で有効な偏見です、、、日本人は海産物は美味しいという偏見を持ち、アメリカ人はタコは悪魔のような偏見を持っています、、全ては体を保持するためにもっとも有効な偏見なんです。偏見とは視点のことであり日本人としての視点です、、、世界で活躍する人は、、日本人としての偏見を捨て、国際人としての偏見を持つことです。

抽象度を上げ続ける

偏見は体のためにありますから、、今この場で偏見を捨てるのは不可能です、、今の偏見を捨てるには新しい偏見、しかも体に有効な偏見を手に入れる必要があります。悟りとは新しい偏見の獲得です、、、地球人としての偏見として、、、「自由意志がある」「私」が居るという偏見を持っています。。これを新しい偏見に切り替えます。この体には「私」は存在せず、、「自由意志もない」だが、、これで十分、、生きていけるし、、しかも幸福になる、、、この視点で生きてみます。。すると本当にそうだからビックリします。

タコは美味しい

アメリカ人にタコは美味しいよ、、、と話をしても無理でしょう、、ですが毎日毎日タコは美味しいと話し続ければ、、一年後には大好物になっている可能性がある。これと同じ「自由意志はなく私も居ない」が板につく可能性がある、、、なぜならばそれが真実だからです。タコが美味しいは真実であり、、自由意志がない、私も居ない、、は真実です。。この真実に目覚めますと、、、もう苦しみが人生から吹き飛びます。

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