100%存在しない
時間と空間は100%、100%存在しません。存在しないにも関わらず我々は日々時間と空間を100%感じて生きています。どうやって???どうやって感じるのでしょうか???簡単です、これは映画なのです。映画を見ているのです。だから時間と空間を100%感じることができるのです。映画ということはどこかにフィルム、データがあるはずです。そうです。既にこの映画はデータとして存在するのです。既に存在しているからこそこの映画は今まさに上映されているのです。
無限のデータ
その映画のデータは無限です。無限にデータが存在します。そしてその一部が今ここで上映されています。だから時間も空間も存在しているように感じます。ですがそれは感じることができるだけで存在はしません。100パーセント存在しないのです。在るのはデータだけです。データ上では全てが既に決まっていてそれが流されています。無限のデータの一部が今ここで流れているのです。
何のため???
ではそれは何のためでしょうか??なぜこの映画が上映されている必要があるのですか??なぜですか??この映画が存在しなければ「無限」は「無限」であるという自覚を作り出せないからです。無限が無限という自覚を生み出すには「有限」という経験を積まなくては「無限だ」という経験を作ることができないからです。そのためにこの映画が必要なのです。だからこの映画が無くなることはないのです。