重要じゃない
これって重要だよね、という経験を積みますと、、それに引き換えこれは重要じゃないという経験を積むことになります。この授業は重要だよね、という経験を経験しますとこれは重要ではないという授業が発生します。重要というのはある特定の結果に対して「重要、重要じゃない」が起こるのです。この二極の世界に存在する限り常に重要、重要じゃないという経験をさせられます。成功、成功じゃない、、の世界です。
太極
本来この世界に重要なもの、と重要ではないもの、、という区別は存在しません。しれは全て思考が生み出すのです。思考がなかったら、記憶がなかったら、、そのような違いは生み出せないのですから。つまり重要と重要ではないというのは思考の中の存在ということになります。太極の視点に立ちますと全てはどう勝ちであることが「思考」ではないところで分かってきます。思考で同価値と言っているには同価値ではなく同価値という解釈のことです。違います。同価値とは感じてしまうものです。
真の重要なこと
真の重要なことというのは思考が生み出す「重要」の先にあるものではありません。思考の先にある重要ではなく思考を超えた存在としての「重要」です。その重要とは比較の中での重要ではなく「重要な存在」しか存在しなかったという気づきから生まれます。全ての現象はたった一つの存在「真我」から生み出される現れに過ぎないということです。大自然に重要な植物と重要ではない植物が存在しないように太極では比較は思考の中での出来事に過ぎないのです。