映画「マトリックス」のプログラムコード

あれが思考

映画間トリックスのポスター、主演のキアヌリーブスの周りに緑色のプログラムコードが描かれています。あれが言語、思考です。我々の本質はPC本体です、その中にプログラムコードが流れますとPCがそれを読み取りイメージ化します。我々の思考も湧き上がりそれを全体が読み込みイメージ化するのです。朝起きると「この体この思考この感情が私」というプログラムが起動し偽りの自分がイメージ化されます。と同時に体に反応し「憤り」を感じます。苦しい、、「だけど会社行かなきゃ!!!」が思考として湧くのです。そして「生きていくには働かないとダメなんだ、私が」という思考(プログラム)が湧き上がりそれがイメージ化されます。そして同時に憤りが湧きます。

プログラム(思考)の連鎖

「今から仕事行かなきゃ!」というプログラム(思考)が湧き上がりますと、、同時にそれは体に反応し(面倒くさい!)プログラムが湧き上がります。すると「それでも行かないと生きていけない」という思考(プログラム)が湧き出しそれと同時に「憤り」というプログラム(感情)が湧く。会社辞めちゃおうかな????という思考(プログラム)が湧き出しまた「憤り」(感情)が湧き出す、、、これをエンドレスにやるのです。プログラムがエンドレスに起こり続けている状態です。

起こっていること

起こっていることは実は超シンプルでPC内で湧き上がるプログラムに対しさらなるプログラムが起こり続けているだけ。PCがプログラムを読み込むことでイメージ化されそれを読み込んだ時点で反応(プログラム)が起きそれがイメージ化されてまたプログラムが起きます。これしか起きていません。これが今ここで起きています、それえがこの世界です。

重要なこと

PCとプログラムがあり、、、、いまここと思考があります。ここに時間は存在しますか???空間は存在しますか???ないですね。そうです「私」という存在も登場しません。PCとプログラム、いまここと思考しかないのです。覚者は言います「何もない」と。「私は悟りこれだけがあった」「ストリーが突然落ち平安だけが残った」なんとなく分かりました????プログラム(思考)が全く起きなくなった時PC(平安)だけがあったのです。

私だけが救われちゃっていいんですか???

いいんです

私だけが救われちゃっていいんですかね???何か都合が良い気がするんですが。。。。いいんです。なぜいいのか?????それは周囲は既に救われているからです。え?????周囲は既に救われている?????戦争が起こり飢饉で人が死に、テロが起き、、、、、どこが救われているんですか???????じゃあ聞きますが、、、、、苦しんでいるという証拠は?????どこに証拠があるんですか????そう見えているだけじゃないですか???????

分かっちゃうと分かっちゃう

少なくともあなたが生きる世界において、、、苦しみを感じているのはあなただけです、、本当はその苦しみもあんたが感じているのではなく、、、いまここに苦しいが湧いただけなんですが、、見かけ上はあなただけが苦しんでいるんです・。「この体この思考この感情が自分」という思考が湧きますとそれと同時に憤りを感じるようになっています、それは意地悪ではなく真実ではないからです。これを辞めちゃいます、、そうすると苦しみは無くなるんです。

そんなことしたら私が居なくなっちゃうじゃないですか?????

そんなことしたら私が居ないことになりますよね????この体この思考この感情が自分じゃなかったら何が自分なんですか??????大丈夫です、自分なんていう概念がなくたって「今に在る」という感覚は絶対になくなりませんから。。。。意識がなくなるんてことはないんです。今までは意織、今に在るという感覚の上の自分が存在するが乗っかっていただけです。だから無くなっちゃって大丈夫なんです。幻想が一つ消えるだけです。

残念ながら世界で苦しんでいるのは「私」だけです

これが事実です

みんなみんな苦しんで働いている、無理して働いている、、それが社会人ってもんだよね!!!!残念!!!!!あなたにはそう見えているだけですよね、、、苦しんでいるという感情が本当に発現しているという証拠はないですよね!!!ノンデュアリティの視点から説明しますと世界には何も起きていません。そう見えるだけ、そう聞こえるだけ、そう香るだけです。じゃあ今苦しんでいるのは私だけってことですか???この世界で。その通りです。今苦しいが湧いているならばそれだけが事実です。

何それ???

世界で苦しんでいるのが自分だけってそんな理不尽なことありますか????意味不明なんですけど。。。。いやこれって最高のニュースなんです。もしもあなたが苦しんでいなければ世界で苦しんでいる人は〇人になります。だからあなたが早く苦しみから脱却してくれないと逆に困るんです。というか早く苦しみ辞めちゃった方が良くないですか????

他人のためにあなたが苦しむのを辞める

親のためだから上司のためだから愛妻のためだから、、、全部辞めちゃっていいんです。誰も実は苦しんでいませんから。私さえ犠牲になればみんなが救われる、、、残念!!!!周囲は最初から救われているんです。ではあなたが救われる方法を伝授します、、、、「この体この思考この感情が自分」これが嘘であることを認めることです。これは嘘なんです、、これは思考なんです、思い込みです。。。

同情は便宜上やればいい

本当のところは分からない

生きていると同情したくなるような状況ってあります、友人が大病にかかる、友人が大金を失う、友人が離婚する、、そんな時悟り、ノンデュアリティの観点からするとどういう対応が正解なのか????友人の大病、大金を失う、、これらは現象としては間違いなくそれが起きたんです、それは事実です。ですがその友人がそれによって苦しいという感情を本当に発現しているかは分からないのです。そう見えるという事実しかないのです。だからといって何も同情をしないというのも無理がある。ということで表面的に失礼がない範囲で同情を形にします。

お葬式に行って

お葬式に行けば親族が悲しんでいます。ノンデュアリティ の立場から本当の悲しみの感情がその方々から発現しているかは分からない、、というよりも発言していない。ですが便宜上同情を表面に出します。その現場で笑顔で交わすというとは無理あがる、というよりも表面上波風を立てるのです、だったらば演技として悲しいふりをするのは全く問題がありません。

重要なこと

重要なこと、それは演技をすべきかすべきじゃないかではないんです。重要なことは、、本当は親族が悲しんでいるという重い事実がないということです。世界は何も重くないのです、重く見えているだけで何も重いことが起きていない。表層上は何だって起きるんです、戦争、テロ、災害、、、、ですが悲しんでいる苦しんでいるという発現が実は起きていなくそう見えているということ。。。この事実は圧倒的に軽いんです。

そうです、自分たちは実はめちゃくちゃ軽く生きていいんです

両親が体調悪くて、、親の面倒でこれから10年間は、、、気持ちは本当に分かるんです、、そう見えます、、そして「苦しんでいるように」見えるんです。ですが真実ベースでお伝えすればそう見えているだけです、、それが事実です。無責任と思うかもしれません、ですが真実では何も起きていないんです、全てはそう見えてみるだけです。それを分かった上で上手くやるんです、大人として。

雷雨より晴天が良い????

全て偽りの自分にとって

今見ている世界が全てです、いまこここれしか起きていません。この中に「この体とこの思考が自分」という思考が立ち上がりその瞬間だけ偽りの自分が現れます。そうでない限りはたたこれがあるだけです。逆言えばここしかないのですから世界の裏側って存在しないんです。今部屋に居るならばここしか存在しません、世界の裏側に居ることになっているブラジル人は今存在しないんです。

雷雨よりも晴天の方がいい???

いまここにおいてより完全な現象と不完全な現象ってないんです、、、最善の現象と最悪な現象ってないんです、全ては完璧な現象です、、というよりも現象に善悪、高低、大小、、、ってあるわけないんです。ここしか存在しないのですから。この中に「偽りの自分」は思考として登場した時だけ、、その自分にとって善悪、ラッッキ〜アンラッキー、などの判断が勝手に起きます、、本当はただ移り変わる現象があるだけです。

常に本質に戻る

そんなこと言ったって、、偽りの自分としてこの人生を生き抜く必要があるのは何も変わりはないですよね????そんなことはないんです、、そういう思い思考が今湧いただけです。本質はただこれがあるだけ、以上です。その時に至福歓喜安堵が勝手に湧いてくるんです、、この場所を理解しますと、、もうドラマに埋没することがなくなります、そこの世界で生きないとダメですよね???という疑問が湧いてこないんです。

いつだってここに戻れる

思考が全く湧いてこない時、偽りの自分が湧いてこない時、至福歓喜安堵が湧いてきます、、、これを感じてください。。。そうすると何かしなくちゃ、何かを達成しなくちゃが起きるわけがないんです。なぜ何かを達成しなくちゃいけないかと言えば偽りの自分が登場すると苦しいからです。苦しいからそこから逃げるために目標が必要になるんです。偽りの自分を無理やり湧かせないでください、苦しくなるだけです。

ワクワクするとハッピーになる????

スピの大御所バシャール

ワクワクすることをしてください!!そうすれば人生は上手くいきます!!!これがスピの大御所バシャールが伝えたい内容の全てです。ですがこの内容、、大きな欠落があるんです。これをそのまま受け取っても正直しんどいんです。それを説明します、、、ワクワクすることをしますと人生が自動的に上手くいく、、これって本当ですよね。。。、無理して我慢して、、、嫌なことに向き合うよりも、、最初からワクワクすることやった方が結果的に人生が上手く進むはずです。これは夢ですから。

上手くいくのが偽りの自分

ですがですが残念ながら、、上手くいくっているのが偽りの自分(この思考この体この感情が自分)ですから結局はそこに戻ってくるんですね。上手く行ったのは俺だよね????に。するとこの思考こそが「憤り」を生み出しますから、、、またワクワクすることをしなくちゃ!!!!になります。人生を歩む自分という存在に戻ってしまう限り全部振り出しなのです。

真実から入る

真実はこうです、、偽りの自分「この体この思考この感情が自分」という思考こそが体に反応し憤りを生み出している、、、だからこの事実を理解することで負のスパイラルを壊すことができる。偽りの自分が嘘としてじゃあ本当の自分はどこに居るのか?????いまここ、ここです。この見える全部が自分でこれ以外にはないも起きいていない。そこに思考がたまに起き、感情がたまに起きるだけ。それ以外は全部妄想、空想です。

だからこそ

この真実があまりにシンプルであまりに簡単で全ての重荷を取っ払ってくれるからワクワクできるんです、、すると何かいいことが起きる、、そしてそれを享受していた偽りの自分はもう居ない。だから振り出しに戻らない。憤りが湧いてこない、、、だから至福平和歓喜、、、さあ何しよう???になります。主語が「偽りの自分」のままではこのドラマ夢からは絶対に絶対に抜けられません。

安達祐実が離婚したってさ

ドラマ突入

「そういえば安達祐実が離婚したみたいだよ!」「え??本当???二回目じゃなかってっけ????」この思考のやりとりでドラマが上映されます、安達祐実というイメージが全体に読み取られそのイメージが離婚したというイメージが誕生します。安達祐実という実在が旦那さんと揉めて離婚したという事実は全くないんです、ここポイント。安達祐実離婚、、、という画像だけが起こったのです。その画像を読み込み、、この世界にイメージが誕生しイメージだけが起こりました。

もっと言えば、、、

私の友人の口から「安達祐実が離婚したみたいだよ!」という言葉が起きるまでは何も安達祐実には起きていなかったのです。その言葉を私が聞いて、、マジ???嘘????調べてみよう!!!でPCを検索、、その瞬間安達祐実の離婚後の写真が初めてこの世界に誕生したのです。この時点で安達祐実の実在を見ているのではなく、、あくまで言葉と写真のみです。それだけがこの世界に現れました。

本当かどうか本人に聞いてみよう!!!

そのような感情が起こりなんとか友人知人のつてを頼りに本人に会うことに成功、、その時ようやくこの世界に安達祐実本人の画像が出現します。そして実は離婚をしました、、という言葉がこの世界に初めて起こるのです。そして重要なこと、、それは彼女が旦那さんと揉めて、、、という事実は全く起きていないということ。それを直に見ない限りこの世界にはその事実は登場しないのです。

存在として存在する

ただそれだけで至福

存在として存在するってどういう意味なのか????そこには個人という概念、自分という概念、私という思考、我という観念が起きていない状態です。その思考が起きなければそこには存在として存在する以外にありません。そんな場所どこにあるんですか???どこにもないですよ、ここです。このこれです。

目の前の人

目の前に人(これも概念)が居れば、、この人の名前は何々で、、、という思考が湧いてくる、、湧いてこなければ、、これはこのまま、、、ただ存在が存在としてあるだけ。湧いてきてこそに意味をつけるからストーリーが始まる。その人が居て私が居る、、、というストーリーが始まる。始まったとしてそれはそれで何も問題はありません。この事実を理解するだけ。

思考が湧けばストーリーに、思考が湧かなければ存在のみ

本当はこれだけです、本当にこれだけ、、、そこから思考が湧いてきてその思考が読み取られ意味が生じる、、そして湧かなければ存在だけがここにある、、存在が存在するだけ。思考が起きた時に何が起きるか理解できますとその後に思考が湧いてこなくなります。事実を事実と認識できますと、、存在が存在するだけの世界になります。

私は何にも巻まれない

全ては私の中で起こっている

問題というのは対象があってそれがこの見かけ上の私に関係することです。台風が私の家を直撃する。酔っ払いが私に絡んでくる、、、などなどです。例えを上げればキリがないでしょう。悟ればこれがどうなるか????全ての現象は私の中で起こるのです、、私というスペースの中でただ現象が起こるのです。例えば誰かがこの見かけ上の私に殴りかかってきても、、それがただ私というスペースの中で起きました。なぜそうなったか???なぜそうなったかを今考えることでストーリーが立ち上がるのです。

真実の中にストーリーを立ち上げる

真実の中では何も起きていないのですが、、ここに思考を起こせば、、ストーリーが展開します。なぜ???どうして????という思考が起こることでストーリーが始まるです。どうして殴ったんですか????これを相手に聞くことで、、、「こうこうこういう理由だ」という言葉が湧き上がり、、それまでの経緯が今誕生するのです。このスペースで起きていないことは何も起きていませんから本当は何も経緯はないのです。私というスペースが感知できない事象は存在しません。

警察官が問いただせば

警察官が相手に「なぜ殴ったんだ???」と問いただせば、、「ムシャクシャしていた」みたいな回答を得るでしょうが、、その事実はこの空間では起きていないのですから起きていないのです。私というスペースがその事実を認識していないのですから。そして私がこの男性から殴られたという解釈が起こった時にだけ「腹立たしい」という感情が湧くのです。本当は「痛い」、、が起きただけ、、それだけです。それ以外は全て思考が作り出したストーリーです。

今問題がないということに誰も気づかない

このまま行くと、、、

この街は再開発されてやがて家賃は高騰するだろうよ!今年の総理の発言じゃ来年あたり税金が上がるだろうね!今年の冬の気温を考えると来年の夏は大変だろうよ、、、多くの人の話はこんな内容が多いものです。このまま行くと、、的な内容が非常に多い。。将来を憂う、、という独特の話が。ですが皆さんこれに気づいていない、、、、、その話をなぜ今できているのか??????問題がないからです。病気を患っちゃったから来年もつかわからないんだよ、、、、という話を今できているという事実。

就職が全然決まんなくて

就活中なんですが、、全然決まんないんですよね!!!と今その話をできてしまっているという事実。これは食べていけない気がするんです、、、と今その話を出来ちゃってるんです。今この瞬間は何も問題が起きていないんです。今この瞬間はなぜ大丈夫なんでしょうか????それは今というこの瞬間、このスペースは実は至福歓喜平和でしかないのです。その中で思考が湧き上がりその思考が体に反応してネガティブな感情が湧くのです。

思考以外にネガティブな感情を起こせない

簡単に簡単に説明すれば、、、鳥は生涯たった一度もネガティブな感情を感じることなく生を全うするんです。狼もチーターもたった一度もネガティブな感情を感じることなく生を全うします。しかしながら鳥には鳥の狼には狼の事件はあったはずです、、全く餌が取れない、炎天下、猛暑、寒波、、、、しかし、、、ネガティブな感情を感じることなく全うします。なぜか???それはネガティブな感情を起こすには思考の存在が必要だからです。

動物に問題が一度も起きないのならば

動物に問題が一度も起きないということは人間にも問題は本来一度も起きていないんです、、、、それを問題と捉える思考を今起こしているだけなんです。これをただ続けているのです。本当は今というこの空間には何も起きているわけがなく思考が何かを起こしています。思考の解釈によって事が起こったことになりそれに対し大変だ!という思考が起きるのです。これによってネガティブな感情が湧くのです。

大災害が来た!!!

大災害が来ました、、、、動くだけです、その時の状況に適した行動を一目散に取るのです、、この際に思考など湧いてこない、、もっと言えば自分という存在に構っている暇がない、、、「この体この思考この感情が自分」という思考が湧かないのです。。。つまりその時は安堵になっちゃいます。