友人に恋人を取られた!!

一生許せない。。。。

「私」はこの事実を絶対に絶対に許せないでしょう。「私」は被害者であり「私」は裏切られた人間「私」は一生この人を恨んでもおかしくない存在。。。。こうなります。これはドラマとしては当たり前でしょう。ですが信じつではこうなります。「私」の観念がこのような現象を引き起こしました、そう「友人に恋人を取られた!!」そう見えるような観念を私は持っていたのです。そして「友人と恋人が一緒に居る」というのは事実ではなく幻想、現象です。

恋愛ドラマを見過ぎると、、、、

恋愛ドラマが大好きな人っていますよね、、韓国ドラマなんてかなり入り組んだ内容のものが多いような。裏切り、大病、倒産、親の介入、駆け落ち的な、、、、恋愛ってそういうもんだよね!!!!これが観念化しますとこのドラマ、夢でも同じようなことが起きます。だからだから「友人に恋人を取られた!!!」が起きた時に「やっぱり!!!」が起こるのです。

私は「何か」で不足感を埋める

私とは常に不足感、違和感、憤りを感じていますからなんとかしてこれを何かで埋めたいのです。その際に女性は「恋愛」でこれを埋めようとする傾向が高いのです。女性は恋愛に夢を見るわけですから関心が高い、つまりあらゆるドラマに興味があるんです。そこで恋愛漫画、ドラマ映画に釘付けになっていきます。するとそれが観念化され自身のドラマ夢でもそれが上映されてしまうというオチがつくのです。

あなたが絶望的なのは実は頭が良い

自殺願望

生きていてもいいことないし早く死んだほうがマシかも、、、結局生きるっていつまで経っても大変だからそんなに長生きしたくないかも、、、、死に対して実は肯定的な人って多いんです。ですがこれって決して自暴自棄とかそんな浅いものではないんです。この「私」この「自分」という存在は絶対に絶対に真の安らぎには到達できないんです。そうなっちゃてるんです、構造上。この世界から安らぎ平和を消し去っているのはこの「私」「自分」という感覚なのです。

自分が居なくならないと結局無理じゃね???は正しい

死ななきゃこれは解決しない、、という考え方は実は的を得ているのです。この体の中に自分という感覚をしっかりと持ったまま真の安らぎには到達できないんです。ですが死なないとこれは解決できないというのは実は真実ではありません。この体の中に自分が居るという感覚を手放してしまえば、、もう苦しめないということになります。ではどうやったらこの感覚を手放せるのでしょうか?????

「麻原彰晃は神だ」という洗脳

オウム真理教の問題が起こった時に注目されたのは信者の洗脳でした。「麻原彰晃は偉大な神だ」のような洗脳が信者にガッツリと入っていてこれが取れないのです。信者は彼を人間ではなく神と信じ切っていたのです。これは実は人間も同じ、この体の中に自分が居るという感覚は実は洗脳なのです。この洗脳があまりに強固なゆえに取れないのです。だから長生きしたくない、、という人が居るのです。

真実はシンプル

真実は大変シンプルです、、この体の中に自分が居るという洗脳が嘘を嘘で塗り固めるために、、複雑怪奇になっているのです。本当は至ってシンプル、、シンプルすぎて信じられないくらいなのです。ですから真実を理解するのは理屈上は全く難しくないのです。分かっちゃえば分かっちゃうということ、そして一度真実に関心が向けばもう戻ることはないでしょう、なぜならば他に関心が行くことに興味がなくなるからです。

これが夢でこれからどうするの??

夢なのは分かったんだけど、、、

確かに本当にその通り!関心を寄せたことがこの夢の中で大きくなっているだけだった、、これが夢って分かっても全く矛盾がない。。で???それでこれからどう生きればいいんですか????なぜこの夢の中で私たちはそうやって次々へ興味関心を動かしてきたのか???です。なんで飽きちゃうんですかね????昨日まで大好きだったアーティストをなんで次の月には関心が無くなるんでしょうか????それは自身の奥にある違和感を解消するために、、あらゆる関心に興味を向けていたからです。

毎年毎年新曲が出ないといけない理由

アーティストは、、一曲ヒットを出して本当は一生安泰でいたいわけです。ところが多くの人は次の曲次の曲と消費の対象にしてしまう。。。。。なぜ????いいじゃん、、ずっと聴き続けてくれれば。。。。。。そうはいかないんです、、多くの人が曲に夢中になるのは、、、好きだからじゃないんです。。この違和感、憤りを一瞬忘れさせてくれるから好きだったのです。憤りを忘れるための刺激だったのです。だから刺激が無くなると、、次の刺激が必要なんです。

憤りに迫る

私たちは次々に楽しいことを発見していたんではないんです、、、今ある違和感、憤りを刺激で消さないと苦しいから次々に動いていたんです。だからもう疲れているんです、みんな。次から次へ動くのはもう懲り懲りなんです。夢の中で動き続けるのに疲弊しているんです。ということで動くのではなく止まってこの憤りに向き合います。そして思考の動きを観察します、感情の動きを観察します。次へ次へと動くこの動きの当事者ではなく観察者になるんです。するとなぜか今まで感じたことがない安堵が漂ってきます、今まで味わったことがない平和が漂ってきます。これは感情ではないんです、本質に戻ったときの安らぎです。

気になる音楽があちこちで

これは夢です

これは夢です、完全に夢です。ですから気になる曲を発見したら、、、あらゆる場所で聞こえてくる、、、最近なんか色々な場所で、、あの曲が流れてる。。。。。。当たり前です、、これは夢ですから。興味関心が湧く曲が流れるようになっているんです。

気になるブランド

あのブランド最近発見して、、なんか好きなんですよね!!!!そう思った瞬間に、、あちこちでそのブランドを着た人を見るようになります。あの人も!!この人も!!!なんで????当たり前です、、これはあなたが見る夢です。全然興味がないブランドの服ではなく関心が高いブランドがこの世界に出回るのです。

最近あのブランド飽きちゃって、、、

なんか色々な場所であのブランド見るし、、最近完全に飽きました。。。。すると、、見かけなくなっていく、、あれ???そういえばあのブランド最近見ないようね!!!!それはそのはず、、あなたが関心がなければこの夢には登場しませんよ!!!

なぜその現象が現れた????

松本人志のスキャンダル

これは夢です、完全に夢の中で、、「松本人志のスキャンダル」が登場しました。松本人志が事件を起こすことは絶対にできません、なぜならば事件はこの場所でしか起き得ないからです。これは夢ですから。そうなるとなぜそのような記事が私の目の前に現れたのでしょうか????簡単です、、それに関心があったからです。「松本人志 スキャンダル」に関心を持っていたからです。だからそれが記事として現象化したのです。

もしもさらに関心を持てば

このスキャンダルに関心を持ち、ネット記事を読み漁るとどうなるか????簡単です事件が肥大化していくのです。これは夢ですからそこが肥大化していきます。事件が深刻化していくかもしれません、全テレビ局でこれが取り立たされ最終的に彼の出演見送りが続くかもしれません。それは困る、私は彼の番組が好きだからじゃあもうネット記事は見ないようにしよう。。無駄です、、なぜならばそれも関心が高い行動だからです。

コントロール不能

つまりコントロール不能なのです、コントロール不能だと自覚することが唯一事件を肥大化する方法でしょう。この夢ドラマのカラクリを理解して『なんだ!!!!』と興味を失ってしまう他ありません。コレが夢だと分かってスキャンダルに夢中になれますか????夢中になれなければ事件は肥大化できないのです。

私が起動すると前に向かう

PCは私に解決させようとする

この世界に私という概念がプログラム起動されますと同時に憤り、違和感が生じます。それはこの自分というプログラムがPCをこの体の中の存在であるという錯覚を起こさせる動きだからです。するとこの私を使ってこの違和感憤りを解消させようとする動きが起こります。「私はこれを達成する」「私はこの夢を叶える」「私はこういう生活をする」です。ですがこの主語である私というプログラムこそが憤り、違和感の根源ですからこれで解決することはありません。

天才子役の末路

幼少期にこの自我を形成する動きが起こりますが天才子役などは、、自我形成を通り越して自我がさらにスターになるというところまで自我が肥大化します。これほど大きな自我は同時に大きな憤り、違和感を発生させるのです。本当は存在しないからです。多くの場合天才子役は人間関係につまづき不幸な人生を歩みます、自我がかえあ生じる憤りが全てを打ち壊すのです。

大スターはいつも機嫌が悪い

大スタートは、、どこでも「この体この思考が自分」というプログラムが起動しやすい状況です。それはそのはず道を歩けばエンドレスに周囲から指を指されるのです。この憤り、違和感は相当なものです。ゆえに彼らはいつもピリピリしています。しかもその理由が分からないのです。「この体この思考が自分」というプログラムの過剰起動がこのピリピリを生み出すのです。

ノンデュアリティ とはPCのこと

二元とはPC内のイメージのこと

悟りとか覚醒、解放のことをノンデュアリティといつしか呼ばれるようになりました。ノンデュアリティ とは非二元、、なぜこのような分かりにくい表現を使うのか????非二元だったら一元でいいではないか???という話です。ですがこの非二元という表現は的を得ていて、、、このドラマが二元の世界、主語述語の世界ですから、、そうではない、、という意味なのです。二元に見えているけど本当はそうじゃないですよ!!です。

この二元の世界は、、、

この二元の世界とはPC内の画像なのです、、PCというたった一つのマシーン機械の中に二元に見える世界を作り出したのです。プログラム言語と呼ばれる、、我々の思考言語でもって、、このPC(全体)に二元に見える世界を作り出すことに成功したのです。マリオがいてクッパがいる、山があり川がある、、私がいてあなたがいる、、私がコーヒを飲む、、、

このイメージの世界での覚者

二元の世界では様々なことが起きていますが視点を変えてPCを外から見ると何も起きていなんです。PCの形状は一ミリも変わらないんです、、、、PCからしたら時間も空間もないんです。時間も空間もPC内でそれがあるように感じることができるだけです。PCには何も起きていないのです。イメージの世界の覚者はこう言います「何も起きていないんです」「これしかないんです」「私が居てというのは錯覚ですよ」「時間も空間もないんです」これをイメージの世界の中でイメージとして言われちゃうから困っちゃうんです。

体というアプリケーション

体という初期設定アプリケーション

体は我々が自我が芽生える前からありました。つまりこれはPCでいう初期設定のアプリです。このアプリは進化アップデートを続けある仕掛けを作ることに成功しました。それがPCを立ち上げた時点であるプログラムが作動しPCがアプリ(身体)を自分自身であるという思い込みが起こるようにしたのです。アプリのことをPCが自分だと思ってくれたら、、このアプリ(体)の生存確率が一気にあがるわけです。

PCが立ち上がった時点でそのプログラムが起動する

朝、目が覚めます、、、その時点でプログラム「この体この思考感情が自分だ」が起きるんです。これによってPCの中にそのイメージが立ち上がるのです。ただし本当はPC全体はPC全体であってこのプログラムは無理があるのです、そのため同時に違和感、憤りが起き上がり、、それを解消するためにPCは自身でさらにプログラム(思考)を立ち上げてこれを解消するように動き続けるのです。結果言語が起き続けイメージが連鎖していきます。

PCは、、、、

PCはなぜこの違和感、憤りが生まれるか分からないので、、ただプログラム(思考)を起こし続けて解消に努めるのですが全く解決の糸具とが見えないのです。「この体この思考この感情が自分」というプログラム、、実はここに原因があるんですがそれに気づかないのです。この自分が解決する、、、という思考にはしっかりと「自分」プログラムが埋め込まれているのです。

悟りとはPCの勝利

悟りとはPCがこの自動プログラムの仕組みに気づいてそのプログラムが起きないように対策を起こすことです。全体がこの体の立ち上がりとともに起こるプログラム「この体この思考この感情が自分」の存在に気づきそこからの自動連鎖を起こさないように阻止します。解放とは、、もうこの自動プログラムが起きないことです。

エゴ(自我)の研究とは???

これはウイルス対策

ウイルス対策ソフトは、、ウイルスのプリグラムパターンを予測し、、それに反応するようになっています。予めウイルスのパターンをPCにインストールしておいてそのパターンが起動した時その時点でそれに反応します。PCがウイルスに対し自動反応を起こさないように予め予測したソフトこそがウイルス対策ソフトなのです。悟りとはエゴのパターン、自我のパターンを予め学びこれを自動増殖させないためのことです。

エックハルトトールは自我(ウイルス)の動きを見破った

エックハルトトールは書籍の中で再三に渡ってエゴの動きを解説します、、、なぜか????PC(全体)にエゴの動きを学習させエゴの自動増殖を防ぐことを覚えさせているのです。ウイルス(エゴ)は動きを予測されてしまうと自動活動がやりにくわけです。水面下(無意識)に動きを強化し気づいたら染まっていたという状態が安定状態です。一方エックハルトトールはその動きを再三に渡って詳しく説明し要所要所でPC(全体)にこれを気づかせる仕組みを作ったのです。

全てが繋がる

悟りとは覚醒とは解放とは、、この仕組みを完全に理解してしまうことです。プログラム(思考)の異常増殖阻止、PCと言語の関係、ウイルス対策とは????完全に完全にこの仕組みを理解できますと、、、勝手に思考(プログラム)が立ち上がり、、イメージの世界から出れない、、、なんてことはないですよね????とはいえこれを理解してしまったら、、もう思考の世界、偽りの自我(洗脳プログラム)が幅を利かせることができなくなりますから、、そう簡単ではないのです。

プログラムが起きない???

「偽りの自分」の起動阻止

なぜ毎日「この体この思考この感情が自分」という思考(プログラム)が自動で起き上がっていたのか???それはこの真実を知らなかったからです。勝手に起き上がるように設定され(洗脳)まるでウイルスのようのPC起動とともに起き上がりそれに連鎖してまたプログラム言語が起きるという仕掛けになっていたのです。ですがこの事実が理解できますと、、プログラムの起動を止めることができます。なぜならば「この体この思考この感情が自分」というプログラムが立ち上がった時点でそれに気づき(PC本体)に戻れるからです。自身(PC本体)が朝の自動プログラム起動によって最初からイメージの世界に引き込まれ、、それが連鎖され日中イメージの世界から出れない状態になっていたのです。イメージがイメージを連鎖していました。ウイルスに感染したPCを思い出してみてください。

ウイルスバスター

私はPCの専門家ではないのでウイルス阻止ソフトの仕組みを知りません、ですがあえて推測して説明したいと思います。恐らくウイルスというソフトはPC内に侵入すると、、、その中でプログラムを起こしそれによってPCがそれに反応、、その反応がエンドレスに止まらないように設定し最終的には壊れるものだと思います。ようは以プログラムの異常増殖です。一方ウイルス防止ソフトとは、、そのウイルスが侵入した際に勝手にPCが読み込まないよう、ウイルスに対しての自動停止が立ち上がるソフトではないでしょうか????つまりウイルスソフトとPCの自動連鎖が起きないように設定されているのではないでしょうか???

私がウイルスバスターになる

悟りを学ぶとは、、思考の自動起動を見抜くことです、、思考感情の自動連鎖に対してウイルスバスターのようにそれを俯瞰し、、、今思考が上がった、感情が上がったと、、そこからの思考感情の連鎖を阻止することです。重要なことは自動連鎖であり、、自動連鎖はそれに対し無自覚であることが原因なのです。この仕組みを理解するということがPC内にウイルスバスターをインストールするようなものです。