体というアプリケーション

体という初期設定アプリケーション

体は我々が自我が芽生える前からありました。つまりこれはPCでいう初期設定のアプリです。このアプリは進化アップデートを続けある仕掛けを作ることに成功しました。それがPCを立ち上げた時点であるプログラムが作動しPCがアプリ(身体)を自分自身であるという思い込みが起こるようにしたのです。アプリのことをPCが自分だと思ってくれたら、、このアプリ(体)の生存確率が一気にあがるわけです。

PCが立ち上がった時点でそのプログラムが起動する

朝、目が覚めます、、、その時点でプログラム「この体この思考感情が自分だ」が起きるんです。これによってPCの中にそのイメージが立ち上がるのです。ただし本当はPC全体はPC全体であってこのプログラムは無理があるのです、そのため同時に違和感、憤りが起き上がり、、それを解消するためにPCは自身でさらにプログラム(思考)を立ち上げてこれを解消するように動き続けるのです。結果言語が起き続けイメージが連鎖していきます。

PCは、、、、

PCはなぜこの違和感、憤りが生まれるか分からないので、、ただプログラム(思考)を起こし続けて解消に努めるのですが全く解決の糸具とが見えないのです。「この体この思考この感情が自分」というプログラム、、実はここに原因があるんですがそれに気づかないのです。この自分が解決する、、、という思考にはしっかりと「自分」プログラムが埋め込まれているのです。

悟りとはPCの勝利

悟りとはPCがこの自動プログラムの仕組みに気づいてそのプログラムが起きないように対策を起こすことです。全体がこの体の立ち上がりとともに起こるプログラム「この体この思考この感情が自分」の存在に気づきそこからの自動連鎖を起こさないように阻止します。解放とは、、もうこの自動プログラムが起きないことです。

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