全体にして一つ

空とは何か???これを的確に表現する言葉はこの世界には存在しません。なぜならば空とは全部でありこの現象界、この言葉も空から現れた現象に過ぎません。この世界をこの世界たらしめるためには、、空はこの世界の言葉で表現できてはダメなのです。なぜならば空はこの現象界ではない全てだからです。この世界の言葉で表現できるのはこの世界の中の現象だけです。そもため空はこの世界以外の全てとしか表現できません。そしてさらに言葉を加えればこの世界も当然空の一部です。この世界の全てと、この世界にはない全てを合わせて空になります。

この世界

この世界(色)は現象として確実に存在し、空は非現象として確実に存在します。現象+非現象で全てです。この非現象は「無い」という意味の非現象ではなく、、現象を超えた存在です。超越現象です。超越現象が存在するがゆえに、この世界は存在しさらに気づかれます、経験が起こります。超越現象と現象そして気づきには境目は存在しないからこそ色と空は一つとなるのです。

過去

この世界は過去に起こったことが起きません、なぜならば化学反応を繰り返すので、、現象の唯一のルールが変化だからです。過去の成功法則はことごとく潰されていきます。変化だけが唯一のルールですから、、こう生きるのがベストだよね!というルールを決めればそのルールによって苦しみます。変化というルール以外は全てフェイクです。重力があるというルールですらないのでこのルールを採用すればそれに苦しむわけです。

全体としての実感

何度も何度も

何度も何度もノンデュアリティ 、悟り系のメッセージに触れていますと、、、、「全体」「根源」「空」としての実感が湧いてきます。どう考えても「自分」ではないわけです、、本質が。「自分」が何かを成し遂げた、という真実はこの世界では成立しないことが分かってきます。それと同時に、、『「自分」が何かを成し遂げた』という感覚を作り上げる、、システムが徐々に分かってくるのです。すると全体、根源としての自分が実感できてくるのです。

明晰な頭脳

理解が進んでいきますと、、、世界に余裕が生まれてきます。何も変わっていないはずの世界に余裕が生まれるのです。そして世界がどうなっていようと、、実はそれが真実ではないことも分かってきます。要はこれまでの嘘が暴かれていくのです。だから一人淡々と生きることができるようになるのです。周囲は拒絶反応を起こすかもしれませんがその周囲の正体が分かっている今そこに反応も起こらなくなります。

理解の進化

理解が頭からハート、、要は体全体に進んでいきますと、、視界が変わってきます、音が変わってきます、香りが変わってきます、感覚の全てが変わってきます。いまだかつて経験していない、、幼少期に感じていた世界が再び目の前に現れるのです。関心の全てが変化に行くようになり、、人生の展開が面白くなっていきます。

自分という実感

これを作り上げた

気のボールというのがあります。これ気功師であれば誰でも作れます、というよりもこれを実感できます。この世界では何よりもこの実感が重要視されます。自分という「感覚」も生まれて何年間かのうちに両親から何度も名前を呼ばれることで「実感」するに至ったのです。そして何度もコミュニケーションを周囲と取ることで、、周囲の中にも人格があるという「実感」を得るに至ったのです。そして今この自我という実感をベースに我々は生活し生き抜いています。にも関わらずこの「実感」を突然奪ってしまったら社会生活が難しくなるわけでそれゆえ悟りのメッセージは常に嫌煙されてきたのです。

トレーニング

本当はこの世界は「実感」を得るまでトレーニングを重ねれば、、何でも可能です。勿論この人間にはキャラがあるので全部が全部は不可能でしょう。実感を得れるトレーニングを積める分野であれば、、人は何でもできるのです。「自分」という実感を獲得した、、人類は、、それを今やっているのです。ですがこの「自分」という実感にはデメリットがあり、、それが「緊張」というものを伴うのです。これが苦しみ、不足感、分離感を一緒に作り出してしまいます。だから本質レベルでは人はこれを辞めたいわけです。

全体としての「実感」

「自分」としての実感を手放したければ、、、「全体」としての実感を得る以外にありません。「全体」としての実感を得ますと、、、人は再び「自我」という実感を手放すことができます。勿論コミュニケーション時は「自分」という実感を作らなくては、、成り立ちませんからそれは適宜行います。全体としての実感は、、この自分という実感を認識する存在としての自覚です。「自分」が「自分」を実感するのは構造上不可能なのです。「自分」を実感するが起きるのは「全体」があるからに他なりません。

自動反応の種類が変わる

真実ベースの反応に

今までは勘違いをベースにした自動反応でした、、、私が全部を決めているという前提の自動反応、思考が湧いていました。これが苦しい、、辛い、孤独なんです。ですが真実に触れると、、、大誤解が溶けた上での自動反応に変わるのです。自分という存在抜きに自動反射、自動反応が起こるのです。この自動反応は苦しくありません。そして全てが自動反射、自動反応であるという認識のもとに起こるので起こった現象に対し思考が湧かないという現象が起こるのです。

勘違いの自動反応

自分が居てこの自分が全てを決めているという前提の自動反応が起こるとひたすらに辛いのです。なぜならばこの世界にはこの世界とは全く別の個人が居るという概念自体が苦しみを生み出すからです、にも関わらず自動反応が続くのですからこれは大変、地獄です。この流れを壊すのが真実のメッセージです。「私がこうやって評価されたら幸せだよね!!」が起こった後に、、、あっそっか、、そんな自分は居ないんだ、、、で終わるんです。

真実

真実の自動反応はシンプルです。そこにはもはや自分という存在抜きの思考が起こるのみです。真実では自分は勝手に起こる概念、感覚であってそれを認識するのは全体、本当の自分です。真実の中で自分という概念だけが起こるのです。つまり自分とはネッシーのように現れては消える幻想なのです。私という存在を完全に理解した時、もう私を中心にしたストーリーが起こらなくなります。

過去

過去を悔やむ???

過去というのは絶対に変えられないのですが人は後悔をします。本当はあの時ああしておけば、こうしておけば、、、です。ですが残念ながら人は何一つ決定権がないままに生かされています。そしていかに早くそこに気付くかんです。つまりこれからもそうだということです。勿論こちらにはこれからも自由意志はあるように感じます、だから何をすべきか考えることは何も問題はないのです。ですが真実をお伝えすれば、、、全部化学反応で起こった決断をしているのです。

あんな人になりたい

本当はあんな人生を送りたかったなー、、、、その発想がまさに勝手に起こったのです。だからその感情に縛られる必要がないんです。絶対にこんな家に住みたかったんだ、、、、という思考が勝手に起こったのです。だからその思考に縛られる必要がないのです。あいつを本当に憎んでいる!!!という発想が勝手に起こったんです、だからその発想に縛られる必要がないんです。

真実は雑念を消す

雑念は勝手に起こりますからこれをコントロールすることは勿論できないのです。ですがこの真実を知ると、、、雑念が起こりにくくなります。だって湧いてきた思考に対して過剰反応できないですよね。そうなんです、、真実は無駄な思考を起こさせなくします。私はそういう意味では真実研究家です、なぜそうなれたかと言えば結局はここに収まるのですから最初からそこを目指した方が早いと思ったからです。

縁起

化学反応

実は実は仏教でいう縁起は化学反応のようなものです、、、我々思考は、、環境からの反応です。環境から「この私」に働きかけ「この私」が反応を起こします。この反応に環境は反応を起こし、この反応に対して「この私」が反応を起こします。これをひたすらにやっています。湧き上がる現象のすべては全部こんな感じになっています。我々は生きてきてここまで実はこの環境とのキャッチボールをしていただけなのです。

自分を植え付けられ

自分も自然発生的には起こっていません、、、外部からの投げかけによって自分が誕生しました、、すると自分という前提の発想が起こり、行動が起こります、、これも外部からの反応です。外部は内部の反応を受けて反応し、その反応に内部が反応します。外部と内部の境目は本当はなく、、ただ化学反応が起こっているのが事実です。とにかくここは化学反応の起こる場所です。

スタバ行こう

何かを見た時に、、、「あ、スタバ行こう」が起こりました。それはスタバのカップなのか、看板なのか、、とにかく反応が起きたんです。そしてスタバに入ります。今度は環境は私に反応します、、こんにちは!!が帰ってきます。するとこちらは笑顔が起こります。その笑顔にスタッフが笑顔が起こります。これが反応、化学反応、縁起です。常に環境から刺激が入り、こちらが反応し、それに環境が反応します。起きている期間、これが起こっているのです。

深刻さ

本当は全部自動反応が起こっているだけなのに、、その自動反応に手を加えて「自分」にとって有益な方向に進もうとする動きが起こります。それが苦しみを生み出します。ですが本当は勘違いが起こり、勘違いの自動反応が起こり続けているから苦しいのです。そしてこの苦しみから抜けたいという自動反応が起こり、、もがくが起こり続けているのです。だからノンデュアリティ 、悟りはビシッと!!!!!その事実を伝えます。勘違いの自動反応を終わらせるために。

なんとかしなきゃ

メカニズムが完璧に理解できますと「なんとかしなきゃ」は絶対に絶対に起こりません。ですからこの話を聞いて「なんとかしなきゃ」が出たらそtれは分かっていない、悟っていないのです。ですから何度もこの理解にチャレンジします、本当にそれだけです。今日の話を聞いて頑張ってみます!!!が出たら要注意、分かっていないんです、悟ってないんです。本当にメカニズムが理解できますと、、自分なんてものは本当はいないし、、だからこの自分をどうにかしなきゃは出てきません。

「自分」が始まる

「自分」が起こる

朝起きて、、、この「自分」を感じます。誰が???空です。空から湧き上がる「自分」を空が感じるんです。「自分」を「自分」が感じるのは不可能です。「自分」は空が感じとるんです。空即是色です。湧き上がる「自分」という色を空が感じます。そして音を感じます。「自分」がじゃないですよ!!!音を空が感じるんです。正確に言えば空から感じるが起こります。そして空と「自分」には境目がなく、、そして空と気づくと「自分」には境目がないんです。そして消えていく音と空にも境目がありません。つまり色と空は一つです。

音が起こる

音が起こります、、どこから空から音という色が起こるのです。すると音に気づきが起きます。空から気づくが起こります。そして音が消えます、、音はどこに消えたのか????空です。音という色がとして現れた音が空の中に消えていったのです。色が空に戻ります。消えたが起こります。音と空には境目はなく、気づくと空にも境目はなくつまり空と色は一つなのです。

色即是空、空即是色

常に現象が空から起こり、、気づきが起こり、、色が消えていきます。色が空から現れ空に消えていきます。途中気付くが起こります、経験が起こります。ですがそれも勝手に消えていきます。途中「自分」という存在も現れては消えていきます。途中「自分が感じた」という思考が現れ空によって気づかれ、、そしてそれも消えていきます。すべてはこうなっています。空も色も本来は境目はないのですから、、この表現すら、、、誤解を生みます。ただここが在るだけです。

真実

思考概念をはぎ取る

真実とは、、、全思考、全概念、全観念、全信念を剥ぎ取った時に残るものです。地球は回っている、自分はいる、私は人間だ、人は働かないといけない、、、全部全部概念、観念、信念です。つまり真実はこれを無くした時に残るものです。ということはいまここ、、これだけが残ります。そうです、、これだけが真実です。思考が起こり、感情が起こり、行動が起こる、、この場所だけがある、、これが真実です。

私とは実はこの場所

本当は本当は私とはこの場所です、、、この場所を認識する存在、、この現象そのもの、、、、この体もこの思考もこの感情も私の現れ、、、です。一回も無くなったことがない、、いまここ、、、これしかないんです。この中に「私」とされる存在も現れ、、人間が現れ、、、ストーリーが現れ、、ます。それ以外にありません。「私はこう生きなくては」も勿論現れますが、、それもいまここに現れる現象に過ぎないのです。

視点の大転換

今まではずっと自分という存在がこの大宇宙に存在しこの大宇宙の中を懸命に生きていくと信じていました、、ですがこれも信念です。信念は宇宙には一切なく宇宙は真実のみです、、、つまり上記の信念は嘘です。信念は全て嘘です。真実はいまここ、、これだけが真実です。この私も当然嘘です、、真実ではこの思考が現れただけです。どこまでいっても思考概念は嘘です。

自分を学んだ

自分が居るって、、、、

自分が居るって、、、全人類がそう信じていますが、、、それって生まれた時にはそんな感覚ないんです。育てられていく過程でそれを教わり学んだんです。ところが宇宙にはルールがないんです、、、学んだことは信念、ルールですから、、、ルールを所有すれば必ずそれによって苦しみのです。今苦しいですか????だとしたらそれは自分が居るっていうルールを所有したからです。

年収1000万になるには

年収1000万円になるには、、こうしないといけない、、、、全部ルールです。宇宙にはルールがないんです。だからそれを信じると、、そのルールによって必ず苦しみます。それをやれない自分が現れるか、それをやれないパートナーが現れ必ず苦しみます。ルールがないところにルールを持ち込めば、、苦しみが起こるのです。

ユダヤの法則

ユダヤの法則を事業に当てはめよう、、、、宇宙にはルールがないんです。だからユダヤの法則を持ち込めばそれによって苦しみます。それを所持している限りは必ずこの法則によって苦しむのです。宇宙はノールールです。ただし法則、ルールを所有できる自由があるんです。だから苦しみたければルールを所有して試してみてください、そのルールによって「苦しい」が起こりますよ。

まだ地動説でやっていきますか??

今まで一回も至福に至ってないですよね????

これまでの人生において全くもって問題がなく平安で幸せって言い切れる瞬間ってあったでしょうか????ないですよね????ないんです、100%ないんです。あるわけがないんです、だって地動説を信じている限り至福には至れないんですから。地球が回ってるってみなさん感じていないですよね????感じてますか?????

実感

実感って超重要です。地球が回っている実感てありますか?????私にはないです、、回るっている感覚はないんです。つまり地動説は概念です、信念です、観念です、、、宇宙にはルールがないので、、、地動説という観念を持つと、、、その観念で苦しむんです。宇宙にはルールがないんです、、、、今感じている実感これだけが真実なんです。いまこここれが大宇宙です、ここだけが真実です。

地球が回ってるって実感している人はいない

宇宙に旅行に行けば、、確かに地球は回っているんだなーって感じます。ですがそうでもない限り、、地球が回っている実感が湧きません。まったくもって湧かないんです。だとしたら全員が思考で考えて、、だから地球は回っているって信じています。これを信念と呼びます。ですが宇宙にはルールが本当はないんです、、信念は全部嘘です、信念、ルールが存在しないのですか。つまり信念を一個所有しますとその信念によって苦しみます。ありのままの宇宙を感じれなくなるからです。

至福

至福とは全ての観念、信念を削ぎ落とし、、ありのままのこの宇宙になることでしか起こりません。予想概念でもってこの世界を感じますとありのままではなくなってしまい、、、、真の安らぎが落ちるのです。真の安らぎとは全観念を落とした時に起こります。宇宙が宇宙そのものである時、、至福が起こります。地球が回っているという信念を持った瞬間に緊張感が走り、安らぎが消えます。