われ在り

在るという感覚

今「在る」という感覚が全くない人はいますか????「在る」という感覚です。間違いなく「在る」という感覚はあるはずです。この感覚がない時は一瞬もありません。そうです。必ずあるのが「在る」という感覚です。この「在る」という感覚はどこから湧いてくのでしょうか???それが根源です。究極の存在から「在る」という感覚が起こるのです。在るという感覚は根源が存在することの最終証明です。

なぜ「在る」という感覚は湧き出るのか???

逆に言えばこの「在る」という感覚が起こらなければ根源はどうやって根源の存在に気づくことが出来るでしょうか??不可能です。本来根源は根源という存在には気づけません。なぜならば根源は根源にだけは気づけないからです。ですが「在る」という感覚には気づきます。つまり「在る」という感覚は根源ではないのです。根源ではないから「在る」に気づくことが出来るのです。根源ではない存在が湧き出る時それは知覚されます。それが「在る」です。

何が現れている????

根源しか存在しないはずなのに、一体何が今現れているのでしょうか???根源しか存在しない、にも関わらず根源ではない何かが現れているから「気づかれ」ています。答えを言いましょう。それが「根源の投影」です。根源しか存在しないにも関わらず根源が気づくことができる唯一の存在は根源の影です。根源の影が現れている期間のみ「在る」という感覚が起こるのです。「根源」が「在る」のです。

このことが分かって何になる???

このことを分かるメリットを考えても無駄です。これはメリットがあるから追いかけるのではありません。根源は無限なので当然根源の影は無限を表し、、無限が現れるから「これ」がまさに今存在します。そして「これ」は無限に現れ続けます。この無限の中には「根源とは何か」という思考も当然含まれていますから今それがここで現れているのです。ですからこのことはメリットではなく分かることが含まれているのです。全てが含まれています。その中には根源の疑問も根源の理解も含まれるのです。