寄り添う

大切なこと

悟りに関する知識が増えていきますと「実は何も起こっていない」ことが分かってきます。例えば大地震、これはニュースでは当然しっかりと取り上げられ、現地に行けば大変な惨状に、死者が多数でるような場合もあるわけです。ですが「私」の世界では地震は起こってなく、被害もない、、地震すら実は起こっていないわけです。真実では「地震は起こっていない」、ですが現場に行けばしっかりと地震が起こったという惨状がある、、この二つのあり様を理解できないと「寄り添う」ができません。

病気で旦那が昨年亡くなりまして、、、このような状況の時「真実の立場」から説明すれば、、「旦那さんという幻想」が消えただけとなります、、これを夫人に説明すれば「勘弁してくれ」となるでしょう。真実は相手の状況によって伝えない方が良いケースが多々あります。真実、悟り、覚醒、、これらに関心を持つ、、、これ自体がレアなことです、、周囲に悟り、ノンデュアリティにしか最近興味が向かなくて、、、といった意見を聞くことはほぼないでしょう。その場合ほぼ誰にも「悟り」に関しては話さない方が良いとなります。

コントロールできる存在がない

悟りに関する理解が進んでいきますと「困っている人」を見ると教えてあげたくなる、、伝えたい衝動が起こります。ですがそれこそが「悟りの理解」が甘い証拠です。「困っている人」の中には「困っている誰か」が存在しないのです。幻としてそのよのような存在を「感じる」ことはできます、人格、キャラ、などなど、、、ですが、、それは幻です。「困った」を感じることができる「誰か」は存在しません。認識を起こすことができる「誰か」はこの世界には皆無です。

悟り

悟りとは「真実」の理解です。真実の理解が進むと「トラブル」が減ります。先ず第一に見かけ上の他人の言動に関心が無くなっていきます。というよりも「関心の形」が変わります。それまでは「なぜあの人は私にこんなことをしてきたんだろう????」という詮索が起こっていたのが「あの人の中にはそれをコントロールする誰かが居ない」ことがはっきり分かるので言動を言動のままに受け取ることができます。この関係を「なんとかしなきゃ」が起こらない、、となります。