アイデンティティのシフト

渋谷のスクランブル交差点

渋谷のスクランブル交差点で、、何千人もの人々が目の前を歩いています。そこに田舎からでてきた「私」が一人歩きます、、たった一人、、、孤独感、寂しさ、虚しさ、無力感あらゆる感情が湧き出します。これが私をやるということです。一方事業で成功し仲間を引き連れて渋谷で飲み明かしている人が居ます、、、、恍惚感、達成感、自信あらゆる感情が湧くでしょう、、これも私の人生です。多くの人々はこの両極の中を行ったり来たりしているわけです。

真の安らぎの中に

その中で孤独も感じず、恍惚感も感じない、不幸も感じることなく達成感も感じていない人が居ます。それがもうこの体の中には自分が居ないことに気付いた人です。気づきとはこの体の中で起こるのではなく、、本当の自分から直接くることに気付いた人です。全現象、見える世界を作り出し、それに気づく存在、、それが本当の私です。「別次元の何か」からこの現象が湧き出し同時に気づかれる、、この体もこの思考もこの感情も然り、、、、この気づきが起きますと、、、人間としての感情から解放され、、、ただ真の安らぎの中に居れます。

人間脱出が素晴らしいのではない

この体の中に「自分」が居て、、、という思い込みが悪いのではありません、、、全ての現象は「別次元の何か」から起きることでありその現象に優劣などありえないのです。ですから悪いとか良いとかは一切ないのです。ですが今ある苦しみ、今ある憤り、本当は誰だ????という真の疑問がもう湧いてこなくなるのは真実です。本当に我々が求めていたのは「これ」だったという気づきが起きます。

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