存在

内と外

我々の本質は、、内と外両方の現れを認識する存在です。内と外の現象を起こす創造者でありかつそれを認識する存在でもあります。内と外とはこの体の皮一枚を境にそうなっていますがこの皮一枚によって何が変わるのかと言えば実は何も変わりません。ただし、、この思考はこのことを重視し「私」がやった、「私」がこの世界に影響を与えた、、という想像を起こします。ですが、、実際には、、この皮一枚によって何かが変わることは一切なく、、ただこの現象が起こるのです、、内外を問わず。

全現象

全現象は間違いなく起こっていますが、、それを認識するのは視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚という五つの感覚を通じてです。この感覚が現象を実は支えています。この感覚こそがこの現象、幻想、幻を作り出しているともいえます。見える幻想、聞こえる幻想、味わえる幻想、触れる幻想、香る幻想です。五つの幻想を五感が作り出し、、この幻想を作り出したこの体の中に自分が居るという思考(第七感)を作り出したのです。そしてそれに伴い「違和感」という感情も同時に作り出しました。

この体

この体が五感を作り出したというのは思考(第七感)であって、、五感がこの体を作り出したのです。その証拠にこの体も視覚によって存在が確立し、触覚によってこの存在が確立し、嗅覚によってこの存在が確立し、味覚によってこの存在が確立し、聴覚によってこの存在が確立します。この世界の確立と全く同じなのです。思考はこの世界が外部でこの体が内部、、そしてこの内部には「私」が存在するという概念を打ち立てたのです。その結果「違和感」が起こりその違和感解消のために新たな思考が今も起こり続けています。

悟り

悟りとはこの事実を正しく認識することです。本当は内も外もなく、、ただ五感の存在によって五感が働くベクトルに内外を設けたのです。これは思考です。五感の内が「体」五感の外が外部環境となりました。ですがこの幻想の世界はただ起こるのみ、、、内も外も実はなく、、そうあるとする思考が今も起こり続けます。そしてそれえに伴い感情が常に起こるのです。