事実に裏はない
事実には裏がありません、ただ根源からそれが湧き上がっています。根源からどのような理由でそれが湧き上がるのか?分かりません。根源から次に何が湧き上がるかは誰にも分かりません。多くの人は事件が起こったときになぜ起こったのか?と事件の裏側を思考しますが裏側にあるのは根源だけです。ではその裏側を詮索することに意味はないのか??となりますが意味はありません。その詮索すらも根源から湧き上がっているだけです。
それでは人間は学習しないではないか
それでは人間はどうやって学習するのか、、事件から学んでいかなければ人間の進化がないのではないか、、、違います、その進化も根源から自然と起きるのです。学ぶも起きるのです。人間究極の進化とはこの事件、事実は根源から湧き続けることを理解することなのです。事実には裏がない、根源からの起こりが起き続けているだけです。
事実に裏側がないと分かると
物事に裏側がないなんて言われてもこれから私はどうやって生きたらいいのか???例えば就職難という事実があった場合しっかりと対策を練らなくてはならないではないか、、大丈夫です、対策するが湧き上がれば勝手に対策をしますし、、就職しないが湧き上がればどんなに就活しても最終的には就職しません。就職するしないに自己は全く介在できないのです。これが事実です。ですから何か事件が起きてもその裏側を読み解く必要がないのです。読み解いても読みといても「自分」の行動を「自分」がコントロールできないのですから。