人間の容姿
人間の容姿を気にすることが悪いことではありません。ですがそこに関心が集中しているならばその人は完全に独立分離した存在であると自身を認識しています。人間をこの物質、思考、感情というモノと完全に同一化しています。だからこそそこに絶対的な価値を置くのです。自分自身がそこに絶対的な価値を置けば周囲との人間関係も同じ価値観の人間を求めます。こうしてそこに価値を置くことこそが正義になっていくのです。
人間の容姿に正義を置く
絶対的価値観の重要素に容姿を置けば、、その価値観が脳内のフィルターになるので、、、周囲を見渡せば容姿が良い人、普通の人、悪い人という分類で世界が見えてきます。その基準で人間を眺めるようになっていきます。これは良いとか悪いとかの話ではありません、そうなっていくということです。容姿が良い人には価値を起き、そうでない人には価値を置かないということが自動反応で起こります。どこを見てその人を判断しているか、、それがその人の価値観であり、本当にそのようにその人には見えています。これが事実です。
価値観の基準が変わっていく
人間の容姿に絶対的な価値を置いて生活していくことに徐々に飽きてきますと次は年収、安定に興味を持つようになります。その視点で人を判断するし、年収、安定を持っている人が本当に魅力的に映るようになっていきます、なぜならば人を見ているのは脳内だからです。スーパースターが格好良く見えるのはその人の脳内でそう写るからです。何度もお伝えするのは人間は誰も真実を見れていません、脳内で価値観に準じた世界をただ眺めています。だからこそ価値観が変わると今まで魅力的に写っていた人が全く魅力的に見えなくなったりします。全部脳が装飾しています。