体験が変わる

気づきに気づくと

これまでは自我が全経験の主体でした。全経験に気づくのは自我とされてきたのです。ところが、、、その経験の主体である「気づき」はこの体の中であるはずがなく、、この「気づき」はこの体どころかこの世界の外で起こっているという「気づき」がこの意識の中で起こります。その瞬間、自我は自我の座を降り、自我は消滅します。経験の主体というとんでない「重役」を担っていた自我が実は嘘だったという気づきがこの意識の中で起こるのです。これは革命です。

革命後

経験が変わってしまいます。自我の経験が、、自我なしの経験に変わります。自我の経験が真我から湧き出る「経験」そのものに変わってしまうのです。その瞬間、、、、経験の趣が変わります。経験が経験そのものになるのです。経験の乗っ取りが終わるのです。経験がそのまま鮮明に経験として起こるのです。経験が今の現れに変わります。経験が真我の現れとして起こります。これがあるがままです。

最終ゴール

真我に気付こうとも、、経験自体は真我からエンドレスに起こり続けます。この五感が途切れることはありません。ですが同時に自我による乗っ取りが消えます。経験が経験そのものに変わってしまうのです。経験が誰かの経験ではなく経験そのものに変わります。この瞬間「苦しみ」が起こります。経験が自我の乗っ取りに合わなければ苦しみがないのです。恐怖がありません。経験だけが起こり続ける時、、真の平安が訪れます。