何か
発見されたしまった存在は何かに発見されている時点でその次元を超えることができません。発見された存在はその事実こそが発見者にはなれないのです。自分という存在を誰も疑っていません。つまり自分という存在は何者かによって発見されてしまった存在なのです。つまり自分はこの全てに気づく気づきの主体ではあり得ないということです。自分こそも発見されてしまっているのですから。
では
発見されてきた自分は気づきの主体ではないとしてでは誰が発見者なのですか???もしもその発見者が存在してしまったらその発見者に気づく発見者が必要になります。ですからここでは「発見者」が存在しないことが分かるのです。つまりこの全ての経験に気づく発見者は存在しないのです。あえていえば「経験」自体が経験に気づく以外に道はありません。そうです。この経験は経験自体によって気づかれているのです。