ショック

出来事

ショッキングな出来事が起こった時、コップの中の水は激しく動きます。あれをしなくては、これをしなくては、なぜ私にこんな出来事が、、あの時のあの発言が理由か??そういえばあいつあんなこと言ってたっけ???などなど激しく激しく水が動きます。この時半端なくエネルギーを消耗します。ですが気づいてください。その思考の気づきには全くエネルギーを使いません。思考が起こり思考に気づくという一連の動きには「エネルギー」は不要なのです。なぜか???なぜならば気づきとは「動き」ではないからです。気づきとは動きではなく思考そのものに含まれているからです。もっと分かりやすく言いましょう。気づきが「思考」になったのです。思考とは「気づき」なのです。

現象とは気づき

思考が起こり思考が気づかれます。気づきが思考になって現象化するのですから気づきにエネルギーは不要なのです。ですが思考が激しく起こることこれによるエネルギー消耗は起こります。結果疲れてきます。疲れているということの気づきにはエネルギーは不要です。私たちはこのことに無自覚です。現象の気づきには全く疲れないということに無自覚です。

現象は気づきに収まっていく

どんな現象が起ころうともその全ては気づきに回収されていきます。全五感、全思考、全感情は気づきというスクリーンに収まっていくのです。気づきは現象界での疲れに一切影響を受けません。ただ現象は現れて消えていきます。その大元が「気づき」という我々の本質です。本当の私、気づきは現象によって疲れることはありません。疲れとは「気づき」に気づいかず現象の中の私を信じた時に起こるのです。この偽りの私が激しく思考し、感情し、行動していると勘違いした時のみ疲れが起こります。

至福の波現象

我々の本体「水」は気づきであり至福です。ですから何も現象が起こっていない時至福でしかありません。いかに波が激しくうねり五感全開、思考全開、感情全開であっても、、全ては至福のうねりでしかないと気づいた時、唖然とします。苦しみの思考の正体は至福という水です。五感を所有する私という分離感全開の思考の正体は至福という水です。その思考は波です。至福という原料でできた波の正体を見抜いた時、何も得るものは無かったという気づきに至ります。