なにを!!!!!
なぜ????なぜ???????なぜ隣の太郎くんが慶應に受かることで「我が家」にショックが起こるのか?????なぜなんかソワソワするのか??????なぜですか?????????簡単です、簡単過ぎます、、、「我が息子」というデータが、、、「太郎くんの下」というデータに書き換わったのです。つまり我が息子が『「太郎くんの下」の農大』というデータに切り替わったのです。これによって父三郎が、、、うちの息子は、、、、、と飲み屋で語る時に、、、惨めな感情が生まれます。
データの書き換え
ところが朝新聞のニュースで、、、「農大が各業界から再評価されている」と報じられれば、、、「おおお!!!!」となります。息子のデータが書き変わります。「太郎くんの慶應よりも下だと思っていたが、、再評価されている農大出身の息子」に変わるのです。つまりつまりこれただのデータ認識の話です。息子に関するデータがただ変わる、、これによって起こる感情が変わる、、、これが起こっているのです。
親孝行の息子
社会的には全く評価されていない息子だが、、、、月に一回は実家に顔を出してくれる、、こうなった時「お宅の息子さんは本当に親孝行ね、なんでそんなに立派に育てれたの?????」と評価されました。。その時、、、、「嬉しい、やったぞ、、俺は素晴らしい父なんだ、、」というデータに書き換わります。こうやって自分、息子、、、、というデータが上書き保存され続けて、、人生が終わります。
釈迦
見かけ上の釈迦は「我々は本当はそのデータではない」「我々はそのデータを認識する存在だ」「データは日々更新され続け止まることはないがそのことと我々の本質とは何も関係がない」「データ更新に気づく、、その気づきこそが我々の本質だ」と2500年前に気づいたのです。私をただの上書き保存されるデータであると気づくと、、、真の平和が訪れます。