私の物語がガッツリあっていい

そこに気づく

私が居ようと、あなたが居ようと、私のストーリーがあろうと、あなたのストーリーがあろうと、、全くどうでもいいのです、実は。どのように起こっているかが最重要、その認識が起こった瞬間映画がガンガン上映されようと、、それが映画であることに気づきます。ここ最重要です。映画は、、この思考を通じて起こります、感情はこの思考に反映されて自動的に起こります。勝手に上映されようと上映されていることに気づくのです。

思考

思考とは今ここに起こり、それがイメージ化され、認識されます。自動的にこれが起こります。私は今強烈に腹が空いている、、これが起こればイメージ化され認識されます。これによって虚しい、悲しいなどの感情が自動的に起こるのです。これがマイストーリーです。空腹感は勝手に起こります、、五感を通じて勝手に起こります。すると思考が湧き(第七感)イメージ化され、、感情が湧きます。これが全部自動で起こるのです。我々にできることは、、そこに気づくこれだけです。

誰が気づく

マイストーリーの登場のメカニズムに気づくには誰かがこれに気づく必要があるのか???残念ながらこれに気づく誰かはいないのです。。ただ気づくのです、、私が誕生し私の物語が起こった瞬間にこれに気づくのです。その瞬間、「違和感」が消えます、違和感を消すための動きが消えます。何度も私も私の物語も起こりますが、、そこに気づきます。

悟り

悟りとは、、この私、私の物語が勝手に湧き上がった思考であることに気づくことです。この私も私の物語もそもそもあったのではなく、、思考として湧き上がったのです。そのメカニズムに気づくことです。最初から存在するモノはこの世界には一切存在しません、幻として視覚に現れ、聴覚に現れ、触覚として現れてもそれだけです。ですからこの私も例外なく幻であり、、この幻を主語にした言葉の全ては物語、つまり幻です。そこに気づきます、私が誕生した瞬間そこに気づきます。悟りを開くのに「私」を利用します、私という幻想の起き上がり、想起、に気づき悟ります。