真実は逃げない

どこにも

真実は常に常にここにあります。真実は生まれて死ぬまで常に常にここにあります。我々は真実から逃げられたことは一度もなく常に真実というカゴの中に居るのです。真実というカゴの中から出ることは不可能であり全ては真実の中、そして真実の現れです。だから今究極に不幸であってもそれも真実の中です。なぜ真実の中で不幸になれるのか?????真実とは関係なく「不幸になれる存在」は存在しません。ここは真実であり真実以外になれる存在は存在しないのです。

では

なぜ真実の中で不幸という感情が起こりえるのか?????ここ最重要です。真実の中で不幸という感情は起こってしまっていいのでしょうか?????起こっていいのです、実際に起こっていますから。不幸という感情は良くないというのは思考です。不幸は完全に起こっていいのです。不幸という感情は真実の中で完全に披露されたのです。悲しいも不幸も辛いもしんどいも真実の中で常に常に披露されます。

不幸が起こるメカニズムを知る

我々は真実のカゴの中から一度も出たことがなく、よって今も常に真実の中に居ます。居ますといっても真実から離れた独立した存在は存在しえないので我々自身が真実そのものなのです。ですがその中で私は真実は違った独立した存在であるという思考は起こることはできます。この思考が起こった時だけ「違和感」「分離感」という感情が起こります。ただこれだけです。「私は真実とは異なった独立分離した存在である」この思考が起こった時だけ「違和感」が生まれます。そして「真実とは異なった独立分離した存在である私は真実を見つけないといけない」という思考が生まれた時だけ「違和感」が絶え間なく続くのです。

違和感

違和感とは幻です、この幻は「真実とは異なった思考の内容」が認識された時に起こり認識されます、幻として。違和感、苦しみとは、、、真実ではない内容の思考が認識された時に起こる幻想です。幻想ではありますがその幻想はしっかりと認識されます。違和感という幻想は今起こっているならば「思考」が起こったのです。ではどうしたらこの違和感、苦しみを排除できるか?????真実ではない内容の思考が起こらなければいいのです。そのためには真実に触れその起こりを止めます。