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熟睡状態から目覚める時「意識」が起こります。目に太陽の光が入るその瞬間「意識」が起こります。ここで意識が起こらなくなると「死亡」となります。人間は「意識」と共にこの世界が広がります。ではそれまでの熟睡状態は何だったのか???「意識がない状態」です。では意識がない状態とは「無意識」なのか????勿論その通りですがこの無意識は何にもない、、ではないのです。「意識=この世界」がないのは事実ですが、、この世界、意識を生み出す存在は間違いなくあります。それが無かったら「意識=この世界」は起こらないのです。
「意識=この世界」の生みの親
朝目が覚めた時に起こる「意識=この世界」、、、これが始まる前の状態、、これを生み出す前の状態があります。これが我々の本質です、、世界を生み出していない我々です。世界を生み出している我々は「意識=この世界」です。これが生まれる前の状態「熟睡状態」の時の我々です。熟睡状態時、この体という幻想は消えています。その時「全く自覚のない自分」で居ます。自覚がないのです、ですが100%存在する何かになっています。全く自覚することなく確実に存在する存在です。これを空、絶対(対が無い)と呼びます。
「意識=この世界」は現象
「意識=この世界」は熟睡時には存在しなかったのです、、全く存在しませんでした。朝目が覚めて「意識」が起こると同時に「世界」が起こり、、夜寝るまで「意識=この世界」これが続きます。我々は熟睡時に「無意識」であったことは知っていますが「無意識」=存在しないとは思っていません。無意識でも100%存在は存在します。それが空、絶対です。ここから全てが生まれるのです、ここから「意識=この世界」が誕生します。そして空から「意識=この世界」が生み出されなければ、、「空という存在に気づく」も起きません。つまり空は存在しないことになります。ですが空とは全てですから「空に気づく」という現象も必ず含まれるのです。「空に気づく」という現象が無いとなってしまったら「空=全部」ではなくなってしまうからです。
悟り
悟りとは完全な理解のことです、本当の自分の完全な理解です。「本当の自分=空」を理解していなければ「悟り」ではない。空という観点から見れば「意識=この世界」は現れては消える現象です。熟睡時は完全に無くなってしまうわけですから。。我々はこの幻想を現実と呼んで暮らしているわけですが「空の視点」からすればこれは100%幻想です。ですがこの幻想は100%幻でありながら確実に存在し続けつるものです、、現れては消えるを繰り返しながらもこの幻想が完全消去することもない、、なぜならば幻想が全く現れない=空の消去だからです。空は消えるということが起こりません、なぜならば空は時間の中に存在しないからです。よって現象が完全に消え去ることは絶対にないのです。