内側と外側???

我々はこの体の中を内側、この体の外を外側とします。体の中は自由自在にコントロールが効く場所。そして体の外側は一切コントロールが効かない場所。こう捉えて生きています。実際にはどうか????実は体の内側も何一つコントロールが効かずに暮らしています、しかしコントロールが効くという勘違いの思考が湧くことでそのようには認識されていません。外側は当然コントロールが効きません。内側も外側も実は全くコントロールが効いていないのです。

感覚

そしてこの体は五感があって一日中五感が起こります。味覚嗅覚聴覚視覚触覚が起こり続けます。エンドレスにこれは起こり続けます。朝起きて熟睡状態に入るまでこれが続くのです。五感がひたすらに続き、さらに内側、外側に全くコントロールが効かない現象(思考、感情、行動、全部)が起こり続けています。そして五感も現象と捉える時、、、朝起きて熟睡するまで実は現象しか起こっていません。

内側と外側の垣根が無くなる

おさらいします。内側も外側も(思考感情行動、その他)の現象がただ起こり続けます、これは一日中、さらの五感の感覚が朝起きて熟睡するまで続きます。これを全部現象とします。ただただ現象が起こり続けています。その時体の内側外側の垣根はありません。つまりただ現象だけが熟睡時以外にあるだけなんです。これが死ぬまで続くだけです。

分離

分離がないとはまさにこのことです、、ただ現象だけが実は起こっているんです。五感という現象、思考という現象、感情という現象、行動という現象、、これが起こり続けているだけです。分離感(五感、思考)はあっても分離はありません。孤独感あっても孤独はないのです。色(現象)の中で、、内側、外側という思考(現象)が現れ、孤独感という現象、分離感という現象を認識しているだけだったんです。

悟り

悟りとは「この世界は実はただ現象が起こっているだけだった」という気づくことです。ただ現象が起こっているだけで、この世界も視覚という現象であるし、この世界があるというのも思考という現象の一つです、どこまでいっても現象しか存在しません。これを空即是色と呼びます。色とは(五感、思考、感情)であり、、これ以外が何も生み出されていないのです。だからこれをもって「何もない」という表現もあります。色という現象、幻想、幻しか起こっていないからです。ですが現象は確実に起こっていますから「ない」といっても確実に「ある」のです。これは言葉遊びです。