「名前」をあらゆる物に付けたのは良かったが

名前は便利だが、、

名前を付けるのは便利です、金属の塊にスプーンという名前を付けることで「スプーンをとって欲しい」と一言で指示できるようになりました。木の塊に「椅子」という名前を付けることで「椅子に座っていいですか』と聞くことができるようになりました。幼少期の子供にとって唯一の仕事がこの「名前」を覚えることではないでしょうか。ですがこの便利な名前、弱点があります、、名前が付けられた全現象は人間の都合など全く関係なく移り変わってしまうということです。木は枯れていきますし、風も動き続ける、体は衰え死に、景気は変動し、人口も変動、年金を解消され、、と「自分」の都合など全く関係なく動き回るのです。

「自分」のコントロールなど全く利かない

人生が苦しくなったのは名前を付けたあらゆる生命現象、森羅万象が「自分」の都合など全くおかまいなしに動き続けてしまうということです。「妻」が自分からいきなり離れていき、「社員」が突然会社を辞めてしまう、「政府」がいきなり増税をし、「海」が突然水域を上げてくる、、、こんなことが人生ストーリー中エンドレスに起こっていきます。それはそのはず「名前」を勝手に付けらた神羅万象はそんなことにお構いなく今までもそしてこれからも変動するのが常だからです。

そして「自分」も「自分」にお構いなしに動き続ける

なぜあんなことをしてしまったのか???最後の頼みでる「自分」すらも「自分」では全く関係なく動き続けます。それもそのはずこの自分は感覚であって実在ではないからです。動き続けるこの体に「自分」という名前を付けて実在しているという感覚を持っているだけなのです。最初から最後までこれをコントロールできる「自分」など存在しないのです。そうですこの世界は神羅万象の揺らぎしかありません。最初からこれしかなく最後はこのことに気付いて終わりです。

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