一瞥体験は「自分=神」を垣間見ること

自分のコンフォートゾーンが神になった人は悟り、「自分=神」の体験は一瞥体験、覚醒体験

問答無用で我々はたった一つのエネルギーで構築されているにコンフォートゾーンがシフトしてしまった人は覚者です。実は自分は神だった、、、この体験を積んだ人は一瞥体験者、覚醒体験者、空感体験者でしょう。自分はいつでも神だ、、、ここにコンフォートゾーンがシフトしてしまったら全事件、全トラブル、全惨事をもう「自分ごと」にできない、、、この個人に起こる事件とは捉えることができなくなります。なぜならばこの個人、自分という感覚が圧倒的に思い込みであったことを知ってしまったからです。コンフォートゾーンがシフトしてしまえばそうなります。

それでもこの視覚、この聴覚、この嗅覚は機能し続ける

全五感が働き続け人間活動は今日も続いていくわけですが、、、、この感覚こそが神が人間にコンフォートゾーンがシフトしてしまった要因であることが腹落ちしますともうその手には引っ掛からなくなります。思考が湧き、感情が今日も湧き続けますが、、、これこそが神を人間というコンフォートゾーンに収めてきた要因です。神は人間に成り切れた要因こそがこの五感、思考、感情、体です。

神の人間ゲームは仕組を理解して終わる

人間というこの体が存続する以上、、この体は宇宙空間で機能し続けます。ですが神=人間、、、この感覚は日に日に薄らいでいきます。なぜならば神=神が本来だからです。神=人間はコンフォートゾーンがそこにフォーカスされただけの状態です。神の凄いところは神=人間を人間が生まれ死ぬまでやれてしまうことです、これぞ神です。ですが神=人間が実は偽りであることが分かってしまった今それを盲信し続けるのは逆に難しくなっていきます。

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