あの世があるならこの世は不完璧
あの世がある、、私は何十年もこの言葉を信じてきた一人です。この世で死んだらあの世に行く、、非常に魅力的な(考え方)です。ですがこれは事実ではありません。事実は簡単この世は今見える場所だけ。これ以外は一切存在しません、もしも存在するならば今見えている世界はごく一部(不完璧)になり完璧では無くなってしまいます。今ここで感じる静寂がごく一部ならばこの静寂は完璧では無くなってしまいます。そうですあの世を肯定するということはこの世が完璧で在ることを全否定することになるのです。
この世が完璧であるわけがない、、
この世のどこが完璧なのか??毎日あらゆる犯罪が溢れ返り民事刑事裁判が起き続け、、争いが絶えないこの世のどこが完璧なのか???完璧なのです、不完璧に見えているだけで、そして不完璧に見えていることこそも完璧なのです。完璧な世界が不完璧に見えるためには、、神羅万象、この現象(色)に名前を付けまくりさも独立した存在同士が争っているように見える必要があります。そこまでの手間隙をかけて初めて争いが起こっているように見えているのです。これが完璧なのです。種明かしをすれば全ての素粒子は完璧で、完璧でできた素粒子が構成するあらゆる物質が争いを起こしているように見えることで不完璧を感じるが起きているのです。
この世が絶望的までに不完璧に見えるから
この世が絶望的なまでに不完璧に見えてしまうからこそ人(アイデア)はあの世を想像し(アイデア)輪廻転生を(アイデア)を思いつきました。今まさに夢、幻想を言葉のマジックで見ることができる自分(アイデア)が体が死んでもこれが続くと発想するのは自然なことです。ですが事実はこの目の前に完璧がありこの完璧の上に不完璧に見える世界を作り出しただけということです。紙という完璧な土台に不完璧に見えるような絵を描いただけです。