深刻

マトリックスの世界は深刻

マトリックスの世界を一言で言えば「深刻」です。この思考の世界は神が作った、真我が作った、、全体が作った、、、幻影の世界、、、ここに「私」を作り出し、、、「私がこの世界を生きる」という幻影を見事に作り出します。本当には居ないにも関わらずこれを作り出したのですからこれを維持するには緊張力、保持力が必要になります、これがストレスと呼ばれているものです。分離感を保持するには「緊張」が必要になるのです。

緊張=深刻

私が存在しているという勘違いは緊張を状態化します。つまり我々は状態化した緊張の中で生きているのです。それはつまりストレス製造機として存在しているということです。悟りとはこの現象、この夢物語が嘘であることに気づき、、思考の世界から抜け出すことにあります。「私」を保持するということから手を引き、、本当はいないんだからどうでもいいじゃん!!!に落ちることです。

マトリックスを出よ!!!

マトリックスの世界から出るためにはこの思考メカニズムを見抜く必要があります。私が居て、、、あなたが居てというこの思考の罠を見抜くのです。私もあなたも方便で、、私の人生も方便、、いつしか方便が方便じゃなくなって真実であるかのように扱われるようになった、、、、だからこれは方便なんだと今思い出すのです。

常に美しい

次に行く必要がない

この世界はこのままで完全完璧です、、このままで美しく、綺麗で、、深刻さのかけらもありません。その完全完璧な世界が今曇って見えます。退屈、深刻、重い、、、あらゆる表現がありますが、、この世界は輝いては見えないでしょう。なぜか????それはこの「私」が居るという前提で意織が常に思考にフォーカスされて思考グルグルマシーンになっているからです。この思考グルグルマシーンがマシーンじゃなくなればいつでもこの世界は完全完璧に戻ります。

先を見なくていい

笑ってしまうのですが、、、いつか日本も素晴らしい国に、、いつか日本は過去にような勢いある国に、、いつか日本はIT先進国になって復活を、、、、と政治家は叫びます。あらゆる優秀な社長も同じように叫びます。。。。残念!!!!!!今もしもこの世界に輝きがないのならばそれは自身の目が曇っているからです。子供たちには今この世界が輝いています。大人にはそう見えないのは真実ではなく真実が作り出した思考の中に住んでいるからです。

あなたのこれまで

あなたが生きてきたこれまでの毎日においてこの世界かた輝きがなくなった日は一度もありません。毎日毎瞬輝続けています。この輝きが失われることは絶対にないのです、、、、もしもこの世界から輝きが失われるとするならば思考の世界に住んでいる時だけです。あなたが思考の世界に住むことで輝きが突然失われたのです。思考の世界は真実が作り出した言葉遊びです。この事実を見抜けばいつでも思考の世界から脱出できます。

「私」という思考の経験

今ここで

私が居るというのならば今ここで私を経験できますか????私という経験を今積んでください。できないはずです、、経験している時は、、、食べる、香る、聞く、、、という行為のみ、、そこに「私」はでてこないんです。ですが思考で「私は食べた」ということを思うことができます。もしくは「わたしはこれを食べよう」という思いを起こすことができるんです。つまり私とは思考の中で登場する体験なんです。

今ここで私を思考する

つまり私とは経験者ではないんです、、今は経験のみの場所であり、思考を起こす場所であり、、「私が〇〇を経験する」場所ではないんです。私が登場できるのはあくまで思考の中だけの話です。思考の中では何度でも何十万回でも登場できますからこれによって私は実在レベルにまで思い込めるのです。ですが私は実在ではなく空想上の生き物です。

私が何かをされた、、、は空想

ですからこの今というフィールドで、、、私が何かの被害者になることは不可能です。私は今という場所では存在していないからです。私は今思考の中にのみ登場できます。つまり私不在の経験がエンドレスに続くのが真実です。ところが思考は私が何かをされた、、私が何かを被ったという思考を今作り出すのです。

それが何の意味があるのか????

それは分かりました、、で、、それが何の意味があるんですか????つまりこういうことです、、人類のほぼ全員は常に勘違いをしているのです。時に加害者になり、時に被害者になり、、、この「私」の思考上の登場が世界に緊張感を作り出し苦しんでいるのです。「私」とは緊張製造機なのです。私の嘘をまずは見抜くこと、これによって世界から緊張が抜けていきます。私の人生など本当はなくあくまで方便で行われていることがわかる時、真のゆとりが生まれます。

子供はワンネス

朝起きて

子供はワンネスです、、朝起きた時に昨日はこうやって遊んだから今日はこれをやろう、、、、一週間こうやって過ごしてきたから今日はこうしよう、、、、一昨日は太郎くん、昨日は大輔君だったから今日は次郎くんと遊ぼう、、、という過去を振り返っての行動をしません。なぜか???それは自我が発達していないからです、自我とは過去が支える幻想です。

過去過去過去

あの時は上手くいったのになぜ今回は???学生時代はこのキャラで上手くいったんだけどなー、、、過去を振り返って自我は、、上手くいく方法を模索し、、今日という日をやります。自我とは過去から延々と連なるストーリー上のキャラですから、、、過去がなかったらキャラが成立しないのです。ですから自我にとっては過去が最重要になります。

過去と自我の関わりに気づく

過去と自我の関わりに気づきますと、、、自我は実はないことが分かります。過去がなかったら成立しないということは記憶が飛べば自我は崩壊します。だからこそ思考で過去を思い出し、形成して、、常にもっとも都合の良い自我をその都度作り上げるのです。

自由意志があると思っている限り

思うことはできる

この世界では自由意志があるとハッキリ思うことができます。これは事実です、私もいるし、あなたも居る、そう思い込むことができるのは事実です。ですがその思考の内容は真実ではありません、そのためその分の緊張感を味わうことにあります。真実の中で真実ではない事実をイメージし続けるのは緊張力が必要になるのです。なぜならばその緊張を解いてしまたら途端に真実の中に溶け出すしてしまうからです。

そして夜中は溶ける

真実ではないことを信じ続けるのは緊張しづけることであり疲れます、そのため夜になると眠くなり、、その緊張を一旦解こうとする動きが起こります。それが睡眠です、、人間が過剰な睡眠を欲するのは真実ではないことを真実であると信じ続ける緊張感から起こります。緊張とは嘘を信じた時に起こるのです。嘘とは方便であり我々はこの方便を生き抜くために両親から散々教え込まれ、、方便が完全に染み渡った状態で社会に出るのです。

自由意志を放棄すると

自由意志がないこが理解できますと、、、人をみて羨ましい、おかしい、などの判断が薄れていきます。なぜならば自由意志を行使する人格もないため、、、自由意志の結果競争が無くなるのです。私が成し遂げた、あの人が成し遂げた、、、という自由意識競争が消えます。マリオカートをみんな自由意志でやっていると思っていたら実は自由意志じゃなかった、、、というオチです。このオチは面白さを半減させますが、、緊張が抜け、全く次元の違う緩やかさが訪れます。

そんな簡単じゃ困るんですけど

そんな簡単に悟れちゃったら困ります

思考は言うでしょう、、そんな簡単に悟れるんだったら苦労しないですよ!!!!!だったら全員が悟れるじゃないですか!!!!そうです、、こうやってずっと騙してきたんです!!!!!簡単であるはずがない、、、難しいのだからこの俺様(思考)を使えと、、、俺様(思考)無しで悟れる?????甘いっしょ!!!!です。

俺様(思考)から意識を逸らせば即悟り

ところが、、その俺様(思考)に意識を向けない方法が分かってしまいますと、、、全くもって苦しくないんです。全く苦しくないんてあり得るでしょうか????ありえるんです。まじなんです。だって「苦しい」はこの思考が自動起動して起こっていただけだからです。思考とは、、イメージであり、、そのイメージが、、そのまま苦しみを作りんです。

だからやることは簡単

苦しい、、、じゃあ悟ろう、、そのためには俺様(思考)が必要だろ???????に乗ったら終わりです。俺様(思考)ではなく、、、、意識を下腹部に置くのです。呼吸法を用いて、そこに意識を向けていきます。頭にずっとあった意識を下腹部にシフトチェンジするんです。。。。すると、、、、思考の自動起動が起きません。全く起きません、結果的にその場で悟りが開きます。悟りを閉じさしていたのは思考です、この思考が湧かない=悟りが開く、、です。

意識の焦点を変える

頭ではなく下腹部に

意識とは、、、我々の本質です。。。この本質が、、頭にベクトルを合わせますと、、、思考が止まらなくなります。意識の焦点を下腹部に起きますと、、思考が止まります。つまり意織の向けるベクトルによって活動が変わってしまうのです。意識を頭脳ではなく下腹部、下丹田に起きます。これによって思考グルグル地獄、思考雑念地獄から解放されその場で悟りを開くのです。

意識が頭に行かなくなる

どんな問題が降りかかっても、、、意識が頭にいかない場合、、、全く苦しくありません。意識が急遽頭に行き、、思考グルグル地獄に入りますと、、、これが止まるまで地獄が続きます。意識を常に下腹部に置いておけば、、、全くもって思考地獄に入らないことから常に平安に過ごすことができます。この平安は感情ではありません、感情を超えた状態です。

暇になると

暇になると人は思考グルグル地獄に簡単に入り、、苦しくなります。暇な時は、、、思考に意識を置くのではなく、、下腹部、丹田に意識を向けていきます。呼吸法を使ってこれを実践できます。毎日毎日呼吸法を用い常に意識を下丹田に置くことができるようになりますと、、、思考グルグル地獄が全くおきない状態、、悟り、覚醒、解放状態に入れます。

左脳の自動起動を止める

これは方便

方便として分かりやすく伝えます、、、我々はこの体を生き伸ばすとめに左脳を鍛えに鍛えてきました。学校とはつまり左脳育成道場です、、、生き延びるための筋力左脳を鍛えまくりこの筋力が強ければ強いほどにこの世界では優秀とされます。ですがこの左脳教育には弱点があり、、それはストレスを生み出すということです。左脳を鍛えればストレスが溜まるんです。ですが生き伸びるという意識が強いと左脳偏移になりストレス過多になります。

右脳

右脳優位になりますとストレスが全く溜まりません、、右脳とは分離ではないからです。言葉が作りだす世界は左脳であり、、右脳は直感の世界です。言葉とはこの世界を切り刻んで生き延びていくツールです。左脳が常に起動しているということは、、常に苦しい!!となります。この左脳の起動を強制的に止めることができれば、、人はその場で幸福になるんです。

意識を腹に置く

丹田って言葉、、日本武道にやたらと出てきます、、、丹田って日本独特な用語ですが、、、、ここに意識が常に行くようになりますと実際に左脳起動が起きないんです、、、意識を頭部に持っていきまと左脳起動が起こります。常に意識が頭部にあるのですから当然なんです。ですが意識が常に腹にあれば丹田にあれば思考が湧くわけがないんです。だってそこに意識がないのですから。

幽霊が観念を教えてくれる

幽霊を見たんです!!!

この世界には絶対に幽霊がいる!!!という断言できる人の目の前には幽霊がコンスタントに現れます、、私が絶対に見たんだから、、、幽霊は居るんです!!!そう周囲には言うでしょう、、、ですが残念!!!!そうではないんです、、、そう断定できるから、、、幽霊が現れるんです。観念が幽霊という現象を作り上げるのです。順番が逆なんです。

超タイプの人が現れたんです!!!!

違います、、、こういう人が絶対に私のタイプだ!!!!という思考が登場すると、、、それが観念化されて、、そのような人が現れるんです、、この世界に。ある映画を観て、、、こんな人がタイプだ!!!!が湧くと、、そんな人がこの現象界に現れるんです。。。そしてやっぱり!!!!!が起きます。。。順番が逆なんです、、、、観念が現象化しているんです。

現象(幽霊)は観念発見機

現象というのは観念発見機械です、、、、こういう現象が起こりということはこのような観念を持っているんだな!!!!という発見機械なんです。逆です、、全部が逆なんです。幽霊が現れたから幽霊が居る!!!じゃないんです、、幽霊が現れたら、、、そういう観念を持っているんだ!!!と気づくんです。どこまでも逆です。

苦しいがリトマス紙

遅刻は絶対にしてはいけない???

例えばあなたが「遅刻だけは社会人にマナーとして絶対にしてはいけない」という固定観念を持ったとしましょう。この観念は観念であって真実ではないんです、観念とは思考でありこの観念が生きいる間、あなたを苦しませます。観念とは考え方、思考ですから真実ではないんです、真実ではないにも関わらず断定すればそれは真実の上に嘘を作り上げることであり、、このことは苦しみになるんです。結果として目の前に遅刻する人が続出し、、この観念を手放さざるをえなくなるのです。

男性は女性よりも優れている???

このような観念を持ちますと、、これは真実とは全く関係ないことであり嘘です、、、この場合この観念を持っているがゆえの苦しみが続出します。異性トラブル、パワハラ問題、、、などなど、、様々なトラブルが続出し、、この観念をいつか手放さざるをえなくなるのです。真実とは観念は違います、、真実とは違う観念を所有しますと、、必ずこの観念によって苦しむことが起こり、、そしていつかこの観念を手放すことになるのです。

そうか、、、全観念を手放せばいいのか

あれ???なんだ、、これって勝手な観念で、、俺はこの観念に苦しまされていたんだ、、、この気づきは凄いことです。この気づきがあった時に、、、そうか全部は観念で、、真実とは異なる観念を持てば苦しくなるんだ、、、じゃあ全観念を捨てちゃえば苦しみが終わるってことでしょ!!!!という気づきが起こります。これが悟りの入り口です、これが悟りへの気づきです。

苦しい、、じゃあ悟ろう

今苦しいのならば、、観念をまだ持っているからです。今苦しくて仕方ないのならば真実ではない観念をたくさん持っているからです。苦し見を作り出すのは状況でなく真実ではない観念です。これだけなんです、、だから毎日悟りを開くために観念を捨てていきます。観念の断捨離をするんです。この体を生き伸ばすために育てあげた観念に気づき観念を捨てていきます。