自我
自我とは結節とも呼ばれます。何かと何かの繋ぎ目です。では何と何の繋ぎ目か?????それは真我と体の繋ぎ目です。真我という唯一無二の実在と、この粗大な体を繋ぎ合わせるもの、同一視するものが自我です。「真我=体」この=を司るのが自我です。ではこれは本当でしょうか???本当ではあり得ないですね。真我は唯一無二であり、、、つまり何かと=であるわけがないのです。真我=真我、、これだけが正解です。真我=体となってしまったら、、真我はその時点で真我ではなく、、、この世界は瞬時に崩壊します。
真我
真我は真我でしかないことから、、真我=全部、、、これならば正解です。真我=世界、、はどうですか???これは違います。世界とは全てではないからです。真我=真我(絶対的意識・気づき+世界)これならば正解です。真我は形あるのもではないので、、真我=体という形あるもの、、は不正解です。自我はこのように全く違う真我と体を結節、結び目として現れました。ですが事実ではないので、、、そこから現れる自我を取り巻くプログラムは全て間違っていることになります。だから自我OSプログラムによって生み出される世界も問題だらけになります。
それでいい
自我が作り出す方程式(真我=体)が完全に間違っていることから、、それを土台にした全思考(プログラム)は間違いです。よってそれによって反映された世界もまた間違いです。だからこの世界は問題だらけなのですが、、、それでいいのです。なぜ?????問題だらけの世界がなぜ問題だらけなのか???それを「私」が考えるからです。そして問題だらけの世界の根本原因にいつか気づくことになります。「私」こそが問題だったと。
無知に無知
多くの方々は無知に無知な状態です。無知であることに無自覚です。ですが悟りの勉強をする方は自身が大前提で無知であることには気づいています。既に成功者です。無知を自覚した方は、、無知を叡智(ジニャーナ)に切り替えるだけですから。叡智とは何か???叡智=真我です。真我を知るとは無知を根絶することです。無知が根絶された時、、自我(結節)は滅び、、真我だけが残ります。