苦しみが嘘を暴く

形との同一化

この世界は真我の影です。真我の影ですから、、実在はしません。影としては実在します。影以外の何かであるという思考は全て嘘です。私は人間です、という思考は影としては起こり得ますが、、実際には全て影ですから、、人間という存在は事実としては存在しません。にも関わらず我々は、、この体であり、この思考であり、この感情であると断定しています。違います、全て真我の影ですから、、それは嘘です。嘘を信じた時「苦しみ」が生まれます。この苦しみは嘘を嘘と教えてくれるメッセージなのです。

つまり

この世界に出回っている99.999999999%の情報は「嘘」です。これはコップである、これはテーブルである、これは机である、これは人間である、これは、、、、、、、全部違います。全ては真我の影です。影がそのように「見える」だけです。ですから全部間違っていると決めちゃってください。本当に間違っているのですから。そして私は、、、、影ではありません。つまり人間も思考も感情も影ですから、、これは私ではないんです。私は影ではなく影の大元です。

嘘が嘘と見破られると

嘘が嘘と見破られると、、、、私はリッチで名声もあって、、社会常識人だ、、、、という執着が消えます。なぜならばそれは全て嘘だからです。私は影ではない、、以上です。影ではないのだからこの世界の中の何かではあり得ないわけです。そしてその影の大元「真我」だけが私であり、、この影は真我の一部です。つまりこの世界の全ては真我の影であり私の一部なんです。ですから苦しみも私の一部です。孤独も私の一部です。影の動きです。真実では真我はそのまま至福であり、孤独や悲しみ、苦しみは真我の影の動きに過ぎないのです。