どこに????
分かってしまうと簡単なのですが、、、我々の世界というのは「どこに意識するか」で全てが変わってしまいます。どう行動するか????という次元は「幻想の中」に意識が意識されています。個に意識が向かう時、、自我が発動します。「私は在る」「生」「意識」に意識が向く時、、、不変に意識が向くことから、、、見える世界は幻想になり、、、何が起こっても気にならない、、、という感覚に至ります。そしてその「私は在る」「生」「意識」すらも気づきによって気づかれている、、、、という視点に意識が向かうと、、根源の至福、愛が満ちてきます。
全ては視点、視座
一流の選手は視点が違う、、、これはよく聞く言葉です。あいつは見ているところが違う。。。です。そして実際にそうなのです。今ここに全てが実はあります。ですがそれが幻想によって見落とされてしまっている時期がありその期間が苦しみの時期です。何も変わらない「私は在る」「生」「意識」が最初にあって、、その中で動きが続く、、、という「不変」に意識が移った時、、、移り変わる幻夢を自分とする動きが消え、、、自身が「不変」「神」にシフトします。
もう個人には意識が向かない
「私は在る」「生」「意識」に意識が意識される時、、、その中で動く動きは幻夢であることが見抜かれます。するとこの体も幻夢の一部であり、、その幻夢の動きに関心が薄れます。個人という幻想ではなく「不変」で在る「私は在る」「生」「意識」が自身の正体であったことに気づくからです。さらに「私は在る」「生」「意識」はなぜ存在できているの」のか????という次なる疑問が生まれ、、、それは「気づき」によって気づかれているのだ、、、ということが意識されます。「根源=気づき」に意識が向かう瞬間です。