記憶
記憶なくして「他人」は絶対に知覚できません。画像の中から「他人」という知覚を起こせるのは記憶が存在するからです。記憶喪失になった瞬間、他人が消えます。他人とはこの幻想の画像の中に「他人」という知覚を生み出す記憶のことです。ですから実在の他人は存在しません。他人は存在せず、他人という知覚が記憶から生み出されるのです。他人とは=記憶のことです。
分離
武道館のコンサート、、、、そこには1万人のファンが、、、ですがその知覚は「記憶」が生み出します。記憶喪失になれば全て消えます。記憶が消えた時、、全て消える1万人とは、、、実在しないということです。だから我々は完全に一体の幻想です。何一つ分離のない幻想があってただそれが観照されているのです。その中から記憶が「1万人」「1千人」という知覚を生み出しているに過ぎません。渋谷駅に行けば何万人という人の群れが存在しているように見えますが、、それも記憶が生み出す「知覚」です。事実では幻想しか存在しません。
では
このブログを読む読者は存在しないのですね?????このブログが読まれようと、、、、読むことができる幻想は存在しないのです。だって幻想には分離がないのですから。分離とは全て記憶が生み出す知覚に過ぎず、、、その事実は否定できません。何度も伝えます。記憶無くして分離の知覚は不可能なのです。私は今このブログを書いていますが、、個人が書くことなど不可能です。個人という分離は記憶がするのですから。実在は存在しません。そのような幻想の動きが起こるだけです。これが森羅万象です。何一つ分離のない森羅万象の動きのみです。