真実
目の前にどんなクズが存在していようともそれを創造したのは私なのだ、、という自覚が生まれますと、、愛おしくなります。そのクズの存在こそが愛おしいのです。これを思考で考えても無駄です。とんでもない詐欺的な行為をされたとしても奥底では愛おしいのです。だからといって再び詐欺的行為をされたいとは思いませんから明晰に「NO 」ができます。冷静沈着、大胆不敵な『NO』が起こるのです。ですが心の奥底では愛おしいのです。
例えば
例えば、、、、週刊文春に一切の芸能スキャンダルが消え、、、清廉潔白、、のみ、、、、善行、善行、、善行三昧、、、、になったら、、、、買いますか?????苦しくて買いません。他人のクズさ、他人のだらしなさ、他人の幼稚さを、、、見て「ホッと」していますよね????なぜ?????だって確実にこの体からも「幼稚さ、クズさ、だらしなさ」がガンガン起こるからに決まっているじゃないですか。。。。だから愛おしいのです。クズが他人の体を通して現れるのが。。。。
ただし
全てが全自動、森羅万象の動きに過ぎない、、、という自覚が生まれていきますと、、、ここに迷いがなくなります。ここに苦しみがなくなります。ここに皮算用がなくなっていきます。ここに狡猾さがなくなって行きます。ここからクズ的行為が消えて行きます。なぜ?????だって一切の迷いがないからです。自己中毒がなくなり自己中毒から現れる行動がなくなっていくのです。だからって個性、気質は残ります。寿司が好き、ビールが好き、サッカーが好き、、、何でも残りますが、、、迷いがないのです。