この時
私は岩であるべきだという価値観を持っていればハンマーを恐れます。私は裕福であるべきだという価値観を持っていれば経済危機、インフレ、貧乏人を恐れます。何かであるべきという価値観がある時、そうでなくなってしまう状況を恐れます。ですから何かであるべきという価値観は苦しいのです。常に常に何かを恐れ続けます。
天国の皮をした地獄
天国など存在しません。天国を見つけることは不可能です。天国は発見できません、もしも天国を発見してしまったら天国以外が存在することになります。発見された天国はやがて消え去ってしまう可能性を残します。すると私はそのことを過度に恐れます。毎日天国が消え去ってしまうことを恐れるのです。天国など存在しないのはそのことです。
では????
では天国はどこにあるのでしょうか???天国は探してもないのです。ではないのか???あるのです。地獄に気づく気づきこそが天国です。天国を探すという思考に気づく存在こそが天国です。天国が地獄に気づくのです。天国が天国を探していたのです。そのことに気づいた時、天国として「在る」ことができます。天国を探し回るという地獄から解放されます。探し求めなくてもまさにここに「在った」のです。