目指しても無駄
心を静かに、心を静寂に、心を正しく、、、無理です。絶対に無理です。心に意識を向けたところでその心は荒れ狂うだけです。心はより動き回るのです。心を、思考を、、、、辞めた方が良いのです。思考は勝手に湧きます。勝手に湧く思考をコントロールしようとする動きも勝手に起こります。ですがこれを見切った時思考をコントロールしようとは思いません。思考とは荒れていようと狂っていようと、、それが自然に起こることを見切って静寂に入るのです。上流の河川は激しく動きますが、、同時に静寂です。それは川とは激しく動くのが当たり前だからです。川の激流が静寂であることに癒されるのです。思考の激流に癒されるのです。
思考の激流とは何か???
思考の激流は何でしょうか???思考の激流は何でできている???それは真我の影です。真我の影として至福の影として勝手に自然に起こるのです。ですから思考は荒れていていいのです。上流のように荒れているが癒されるのです。思考の激流は良くないという思考が起こった時、、思考に苦しみます。それを止めなくてはならない自分が起こり苦しみます。思考の激流はあっていいのです。
思考も感情も止めなくていい
思考も感情も勝手に起こりますから勝手に放っておけばいいのです。何が起ころうともそれは真我の影です。真我の影をコントロールできる存在は存在しません。だから放っておきます。自分がこれをなんとかしなきゃという思考が起こった途端に苦しみが起こります。これが真実です。何もしなくていいのです。思考や感情が真我の影だと見切られた時その激しさの中に至福、静寂が漂うのです。