見え方が変わる

そこには誰もいない

人間業界とは全く違う現実が押し迫ってきます。人間業界では全行為には行為者が居てそれが当然であるという認識があります。ですが真実では全行為はそれ自体が勝手に起こっておりそれを意図する存在はその体の中には居ません。ですからどこまで経っても行為には行為者が居るように見えるだけということになります。なぜ行為者が居ないにも関わらず行為だけがあるのか????ここは幻想の世界です、幻想はその瞬間に立ち現れるのみです。この幻想を引き起こす幻想は存在しません。幻想とはその瞬間に立ち現れるのになのです。結果行為という幻想には行為者は存在できないのです。

寂しい

本当は誰も居ないなんて寂しいんですけど?????勿論そうですよね、、ですが今まではそこに行為者が居て突然居なくなったのならばそれも気持ちはわかりますが、、そもそも居なかったのですから寂しいという表現は的を外しています。元来誰も居なかったのです、そして今も誰も存在せずこれからも存在しないということです。この世界には実は誰も居ない、、この事実に気づくことは、、寂しいと出るか、、気楽となるかです。本当の理解に至ると安らぎが訪れます。誰にも監視されたことは無かったしこれからもないのです。

丸っきり異なる

人類80億人がこの地球には住んでいるように見えますがその体の中には自我が実は存在しません。つまり誰も居ない、、この体だけが起こっているだけ、思考が起こっているだけ、感情が起こっているだけ、行動が起こっているだけ。学校で教わったこと、家庭で教わったこととは全くもって異なる事実がそこにはあります。80億人がこの地球で一緒に住んでいると思ったら、、そう見えるだけ。そこには自我は存在していないのです。この私がこの体の中には居るという思考だけが起こっています。